■ 予算管理体系の整理に挑む
今回は、無謀にも、管理会計の大家に挑戦して、筆者独自の予算管理の体系化を試みます。予算管理や予算統制、予算編成という用語が気ままに使われるのが気に障るので。(^^;)
何度もくどいのですが、「計画」と「予算」の違いは下記の通り。
「計画」
・戦略や施策が主で財務数値は従
・原則として、複数年以上の長期を対象
・資源配分を意思決定
「予算」
・財務数値が主で戦略や施策は従
・原則として、決算期(1年)が一般的
・配分された経営資源の使い道を決定
■ 長期財務予算
(1)長期財務予算
中期事業計画の実行の裏付けとして、会計数値で企業活動の実態を把握しようと努めるものです。例えば、成長戦略が仕込まれる場合、その成長のための先行投資に必要な金額はどれくらいで、どういう手立てで資金調達するかを明確にする必要があります。成長途上にある事業は、事業が立ち上がる前は、設備投資や開発投資といった、一方的なキャッシュアウトに耐える期間があることに備える必要があります。事業が立ち上がった後も、売上債権や在庫として運転資金が膨れ上がることを考慮に入れなければなりません。
このように、長期財務予算は、発生主義、実現主義にしたがって、複数年のP/LやB/Sの在り様を予測し、それらの財務諸表の貸借バランスが成立するように、資金調達の目処を立てることが主眼となります。一方で、資金調達方法と金額上限に制約がある場合は、単年度予算編成の開始にあたって、編成責任各部署に対して、資金制約を何らかの形でガイダンスすることも必要になります。
さらに、長期財務予算は、戦略と施策が主の中期事業計画を支えるものであり、立案された戦略と選択された施策の正当性を裏付ける数字的根拠も示す必要があります。そのためのクライテリアとなるのが、参入障壁の大きな要素となる資本利益率です。従来、私企業単独の運営はそれが会計的な財務的コントロールであっても、経営学の範疇です。しかし、私企業が属するひとつの業種、複数事業を営んでいる場合は対面する複数の業界、それらは、ミクロ経済学的には、競合他社の参入や退出を考えるべき「市場」という単位になります。その「市場」という競争環境の中で生き残るために、
① 潜在的・顕在的なコンペチタ―を凌駕できる資本収益性を上げることができるか
② 競争優位を築くために十分な財務流動性を確保することができるか
③ IRやSRを通じて既存株主、投資家、金融機関との良好な関係を築けるか
という視点からも十分に自社の財務状態がレビューされなければなりません。
■ 古典的な予算管理の誕生とデュポンツリー
デュポンツリー、デュポンチャート、ROEツリーと呼ばれる財務管理手法があります。
これは、デュポン社(当時)が、複数事業を含む全社規模で目標ROE:20%以上を目指した利益計画を組成した際のツールに端を発する現在に至るまで大変有効な財務管理手法であり続けているものです。目標利益率の達成のために、
① 追加収益の確保(売上高up)
② 部門費用の引き下げ(コストdown)
③ 追加資本の確保(適正な総資産回転率と財務レバレッジの維持)
という財務的コントールを、各部門、各子会社単位で実施しました。この時(1920年代)、近代的なビッグビジネスの時代が始まり、巨大企業による目標利益達成のための、目標設定→業績測定→財務的コントロールによる期中管理、いわゆるPDS(Plan-Do-See)サイクルが誕生したのです。これが予算管理の誕生の瞬間でした。
各部門で何をやれば全社利益が目標に到達するのか。自部門の全社利益への貢献度合いが感覚や経験ではなくて、きちっと数字で表すことができる。それが、デュポンチャートを用いた予算管理の最大の効果なのでした。
■ 予算管理と広義の予算統制
(2)予算編成
まず、企業活動の実施に先立ち、過去実績や将来の市場動向や技術動向を見極め、予算策定を行う将来期間(通常は1年)における業績の成行予測を行います。これを、トップマネジメントの経営方針とすり合わせて、全社ベースの利益計画(単年度予算)を策定します。この時、各事業部やカンパニーの損益予算、各機能組織や部門の費用予算など、各組織における全社予算達成に水準を合わせて、組織ごとの財務的目標を明確化します。
(補足)
決算期を基礎に行われる財務的計画は、投資家や金融機関に対する外部報告とひもづき、必然的に利益計画となります。取締役会の業績を評価するため、そして株主への配当金の多寡を決めるため、当期純利益の額そのものがステークホルダーの関心事になるからです。
すなわち、企業を構成する各組織別の予算を合計すると全社予算になるように仕立てるのです。この財務的規律を生み出すことで、各部門が唯一つの全社利益目標に向かって、整然と業務活動を実施できる素地をつくり上げるのです。
この時、まず全社目標を、「予算ガイドライン」として全社に示してから各組織の予算を積み上げることで予算編成を行う方法を「ボトムアップ予算」、「予算ガイドライン」を各部の目標として割り当てることで全社予算を策定する方法を「トップダウン予算」といいます。これらの手法が今でも語られるのは、トップマネジメント、管理層、現場層と、会社内組織がいくつもの専門分野に分かれると同時に、階層化(ヒエラルキー化)されていることを前提にしているからです。全社目標を組織の隅々にまでどうやったら浸透させることができるのか、各部の目標をどうやったら全社目標と整合させることができるのかについて、先人たちが苦労してきたことを現代のわれわれは時代を超えて共有しているわけです。
各部の予算編成が終わった時点で、その部が来期やるべきこと、やってはいけないことが事前に定まります。これを、「事前統制」といいます。教科書によっては、「予算統制」の語をこれと定義しているものもあります。
■ 予実差異分析は期中管理の一環として
(3)予実差異分析
従来の管理会計ツールは産業の中心だった製造業を前提にして考えられたものが大半です。よって、原価計算を月次で行うことから、月次決算も社内管理用に実施され、次いで予実差異分析も原価差異分析技法を中心に月次で行われるようになりました。いきおい、経営者評価や配当金計算のために、予算が決算期ごとに設定されることが常態化し、原価計算が月次で行われていたことから、月次で事中の財務的業績管理をすることが当たり前になったのです。
そこでの管理目的の主眼は、
① 年度末目標に対する進捗度を測定し、期末業績の予測を行う
② 月次、四半期、半期単位の業績目標を設定し、短いスパンでの例外管理・外れ値管理を行う
③ 上記①か②から導かれた予算未達に対するリカバリーの打ち手を探す
ことで、リカバリー策を適時に実行して、期初の目標(予算)達成の確率を上げようとするものです。
いきおい、期間損益が目標設定されることが多いため、予実差異管理項目は、以下のものが代表例となります。
① 販売数量
② 販売単価
③ 生産数量(仕入数量)
④ 製造単価(仕入単価)
⑤ 損益分岐点(安全余裕率)
⑥ 固定費発生額
⑦ 売上債権・在庫・買入債務(いわゆる運転資本)
⑧ 設備投資・開発投資(減価償却費として期間損益にはねる分として)
⑨ 有利子負債(支払利息の元として)
これは原価計算技法として、標準原価計算があります。月次決算すなわち月次原価計算において、標準原価との原価差異を計算して、原価管理ひいては生産・購買活動の良否を判定するものとして、原価管理ツールとしての原価差異分析は一般的になっています。
⇒「原価計算基準(14)原価の諸概念⑤ 標準原価を使ってどうやって管理会計するんですか?」
■ 期末の業績評価は事後統制として
(4)業績評価
予算策定期間(通常は1年)における経営諸活動の良否は適時に測定され、予算(目標)と実績が比較分析されて財務的数字として客観的に示されることになります。さらに、どうしてその差異が発生したのか、厳しく言うと、誰の責任でその差異が発生してしまったのかを明らかにする必要があります。企業目標の達成において、誰かの責任数字を明確にしておいて、責任感・当事者意識を持たせるとともに、超過達成・未達の場合も信賞必罰を明確にすることで、動機づけと事後的な業務牽制(やってはいけないことをやらせない、やるべきことをやらせるようにする)の機能を果たすことができるからです。
一義的には、筆者も、自然人の誰かの責任数字にならないと人は真剣にその数字の責任をもって、目標を達成しようとはしない、というある種「性悪説」のような立場を許容しています。まあ、制度設計の工夫で、このような会計責任の明確化は「合成の誤謬」のような状態を招く恐れもあります。かえって、誰それの責任数字としたがために、みんなが協力し合って全社目標を達成しようとする「和」「協働の気持ち」を阻害することもあり得ます。それゆえ、業績評価の仕方は慎重に決める必要があります。
さらに、業績評価はその期が締まって終わりではありません。最も大切なのは、翌期の目標設定や予算編成の良きインプット情報とすることです。
最後に。
「予算統制」は、広義には「予算管理」と同義として扱う場合、狭義には「予実差異分析」と「業績評価」という事中・事後統制に焦点を当ててそう呼ぶ場合、予算編成時の事前統制(来期、その組織や責任者は何をするのか、何をしてはいけないかの明確化)だけを指す場合の3つの使い方があります。筆者の整理では、前者を広義、中者を狭義として2つあるとしています。
「予算●●」。これで用語の整理ができたでしょうか?
(連載)
⇒「予算管理(1)予算と計画の水平線 - 計画と予算の種類と体系」
⇒「予算管理(2)予算管理プロセスの位置づけ - マネジメント・コントロール・プロセス、PDCAサイクル、ECMやSCMとの関係から」
⇒「予算管理(3)予算管理の目的と機能 - 古典に学ぶ「計画機能」「調整機能」「統制機能」の意味とは」
⇒「予算管理(4)予算管理の誕生と構造化の歴史 - 予算編成、予算管理、予実差異分析、予算統制の違い」
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