■ 製造業の予算管理の中心に原価管理が存在する!
前回(原価計算基準(3)原価計算の目的 - ③原価管理目的は当時のマスプロダクションをそのまま反映したものだった!)は、標準原価と実際原価の差異分析という手法に基づき、原価能率向上とかコストダウンをどうやって実施するかというお話をしました。今回はその続きで、予算に焦点を当てます。
その前に、「基準一」から「基準六」までの全体像はこちら。
第一章 原価計算の目的と原価計算の一般的基準
一 原価計算の目的
原価計算には、各種の異なる目的が与えられるが、主たる目的は、次のとおりである。
(四) 予算の編成ならびに予算統制のために必要な原価資料を提供すること。ここに予算とは、予算期間における企業の各業務分野の具体的な計画を貨幣的に表示し、これを総合編成したものをいい、予算期間における企業の利益目標を指示し、各業務分野の諸活動を調整し、企業全般にわたる総合的管理の要具となるものである。予算は、業務執行に関する総合的な期間計画であるが、予算編成の過程は、たとえば製品組合せの決定、部品を自製するか外注するかの決定等個々の選択的事項に関する意思決定を含むことは、いうまでもない。
この目的は、一般的に「予算管理目的」と呼ばれています。「原価計算基準」が製造業の予算管理手続きを規定しているというのではなくて、製造業の予算管理活動に、原価情報を提供するのが原価計算の目的の一つであると、原価管理情報の使途を説明しているのです。
「原価計算基準」に予算目的についての言及がある点について、もう少し背景を説明します。基準制定当時、日本の産業界の業種別規模は現在より製造業の構成比率が大きく、製造業の成り立ちも、重厚長大型で、規格品の大量生産・大量販売がメインでしたので、同種のものを繰り返し毎年生産することが一般的でした。そのことは、管理会計や予算管理における重点管理ポイントの在り方に顕著に影響します。
① 製造原価(売上原価)の比重が高く、販管費の構成比率は相対的に小さかった
② 継続的な生産活動により、期間損益計画のための期間原価計算に焦点が当たった
③ 個別原価計算でも総合原価計算でも、売上原価と期末棚卸資産評価額に分ける前提で原価計算手続きが組まれた
(参考)
⇒「原価計算 超入門(8)原価計算における配賦とは - 費用収益対応の原則により間接費を棚卸計算させる技にすぎない」
それゆえ、製造業が華やかりし当時の日本企業の予算管理は、ほぼ原価管理を意味し、原価管理は、期間原価計算から成り立っていました。現在、どの製造業も量産化・上市される前に、膨大で長期的な研究開発費(R&D費)や先行投資がきちんと回収できるかを予算管理でも取り扱います。むしろ、量産化されて市場に製品が出回るときの生産コストより、それ以前の試験研究費や開発費の方が金額的重要性が高くなっている傾向があります。それゆえ、期間損益をベースにした予算管理・原価管理から、会計期間を超えた、プロジェクトベースの予算管理・原価管理に、管理の重点が移ってきているのがトレンドだということができます。
■ 原価計算基準が想定する予算管理の基本モデルとは?
基準が想定する「予算管理目的」のために原価情報を提供するのだ、ということは分かりました。では、その基準が想定する予算管理というものの位置づけはどういうものか、前章に引き続き、もう少し掘り下げたいと思います。
繰り返し受注・生産・販売を想定している製造業においては、会計期間ごとの業績評価のために、予算目標を設定し、予実差異を明らかにし、予算債を僅少にするための方策を考えて、来年の備えにする、これが原価管理と予算管理の基本マインドとなります。
つまり、予算とは「期間計画」であり、「短期利益計画」そのものを指しているのです。ここでいう「短期」は断りが無い場合は、通常は1年を意味します。
上記、原価計算基準の抜粋には、
「予算編成の過程は、たとえば製品組合せの決定、部品を自製するか外注するかの決定等個々の選択的事項に関する意思決定を含む」
という文言があります。これも原価計算手続きとひもづけて理解する必要があります。原価計算は、①費目別計算、②部門別計算、③製品別計算の手続きをとります。
製品別の原価を求めたのち、販売されたものは売上原価となり、P/L上で期間損益計算におけるコストとなります。販売されなかったものは期末棚卸資産として、B/S上で財産価値計算の対象となります。
● 製品組み合わせ
セールスミックスとか、プロダクトミックスとも呼ばれ、複数種類の製品を製造販売している製造業が、一番儲かる組み合わせの製品は何か、製品種別ごとの原価情報をもとに判断するというものです。
● 自製/外注の判断
製造業が低級する製品もしくは製品を構成する部品について、自社工場で生産した方が安く作れるか、協力会社に外注した方が安く作れるか、コスト情報をもとに仕分けようというものです。
いずれも、3ステップを経た、製品単位当たりの原価情報が分かれば、簡単に判断がつくようにも見受けられますが、共通費(固定費)を製品間(A製品、B製品)および会計期間(今期なら売上原価、来期なら期末棚卸資産)の別に配賦する必要があるので、仮計算でいったん配賦した後の全部原価ベースで、上記の組み合わせや内外製判断すると、製品一つ当たりの原価が条件により変動することを見逃すので、注意が必要です。
■ 予算管理の基本概念を整理する
「予算管理」は、「予算編成」と「予算統制」に大別されます(と一般に言われています)。
● 予算編成
部門ごとの業務執行に関する計画を集約し、お金の形で表現して、収益、コスト、資産といった会計要素の多寡を決めていく。基本的には、経営トップ(社長)の指示する基本方針(予算ガイドライン)にしたがって、現場管理者が現場(部門)ごとの予算を設定していく。部門予算額をトップダウンで割り当てていく、割当型予算、各部門が自部門の予算額を設定し、ボトムアップで上位組織に積み上げていく積上型予算のスタイルがある。実際には、短期利益計画における利益目標の提示と部門間の利害調整はトップが行い、具体的な業務活動のための予算は、各現場から上げる、折衷型予算(ボトムアップ-トップダウン-サンドイッチ型予算)の形式をとることも多い。
● 予算統制
予算と実績を比較することで、予算実績差異分析を行い、利益目標が未達だった要因を業務活動にまでさかのぼり、改善策を講じる指示をだす。月次など、期中のある一定時点で行い、期末着地点損益予測の改善施策を実行する場合と、次年度の予算編成への参考情報提供にとどめる場合がある。
これらは、前回説明した原価管理が「標準原価」と「実際原価」の標準原価差異分析をコスト面だけでなく、収益面を含めた利益視点での予実差異管理プロセスを前提にしており、管理手法や管理手続きはほぼ同じものとなります。つまり、PDCAサイクルに則って運営されることは同じ、ということになります。
■ 予算や原価の事前・事後管理手法を整理する
PDCAサイクルで予算や原価を管理するということは、目標をたて、実績を集計し、差異をあきらかにし、その差異要因をつぶすための施策を実行する、という手続きに従うなら、常に、目標に対して未達になってから改善策を講じるという意味で、事後管理ということができます。
これを管理会計の基本的なロジック(マネジメント・コントロール・システム:MCS)に沿って表現すると、
(参考)
⇒「業績管理会計の基礎(3)マネジメント・コントロール・システムの運用方法」
事前とか事後というものも、管理対象が特定の「会計期間」に限定された経営書活動だから。今年の活動管理、来年の活動管理、という風に、会計期間=決算期で、PDCAを回すことが前提になっています。こうした管理手法は、ピリオディック-プランに基づいた目標差異管理なのですが、今般、経営活動は、企業側が勝手に株主への決算報告のために引いた人為的な時間軸設定ごとに一区切りにされて、管理されることは少なくなっています。有機ELの研究開発から商品化を経たマネタイズを考えると、決算期の1期1期ごとに、有機ELの採算計算など不可能なことは自明です。
総原価に占める量産のための生産コストもその構成比率をどんどん落としていっています。いつまでも、期間損益計画を経営管理とか予算管理の中心にいる時代が続くとは思えません。予算管理のお話はまた別の機会に!(^^;)
⇒「原価計算基準(1)原価計算の一般基準の体系を整理 - ざっと原価計算基準の世界観を概括してみる!」
⇒「原価計算基準(2)原価計算の目的 - ①財務諸表作成目的、②価格計算目的の盲点を突く!」
⇒「原価計算基準(3)原価計算の目的 - ③原価管理目的は当時のマスプロダクションをそのまま反映したものだった!」
⇒「原価計算基準(4)原価計算の目的 - ④予算管理目的と短期利益計画の盛衰」
⇒「原価計算基準(5)原価計算の目的 ⑤基本計画設定目的 - そもそも経営計画は何種類あるのか?」
⇒「原価計算基準(6)原価計算制度 - 特殊原価調査とはどう違うのか、内部管理用原価でも制度である理由とは?」
⇒「原価計算基準(7)原価の本質① ものづくり経済を前提とした原価の本質的要件は4つ」
⇒「原価計算基準(8)原価の本質② 建設利息の扱いについてIFRSとの違いをチクリと指摘する」
⇒「原価計算基準(9)原価の本質③ 正常なものと異常なものの扱いについてIFRSとの違いをチクリと指摘する」
⇒「原価計算の歴史 - 経営課題の変遷と原価計算技法・目的の対応について」
⇒「原価計算基準」(全文参照できます)
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