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ランウェイで笑って(1)何も捨てない、両立するって覚悟があるから。勝って。勝たないと、その努力は証明できない。- 藤戸千雪

経営コンサルタントのつぶやき_アイキャッチ名言・格言
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まずは作品の背景説明から

育人のこと結構尊敬しているんだ。私はさあ、本気でハイパーモデルになるつもりだから。モデルに必要ないことはほとんど切り捨てちゃうの。

でもね、育人は違う。捨てない、全部捨てないの。きっと私の方が夢に向き合っている時間は長い。それでも育人が頑張っていないと欠片も思えないのは、きっとそこに、何も捨てない、両立するって覚悟があるから。

私にはできない。できないから、感心するし、尊敬するし、負けたくないって思うの。だからね、育人、勝って。勝たないと、その努力は証明できない。

藤戸千雪 猪ノ谷言葉著「ランウェイで笑って」(講談社「週刊少年マガジン連載)EPISODE.6「優越感と劣等感」より

TVアニメ第6話(6着目)、冒頭のシーンより。友人から都村育人のことを尋ねられた時の藤戸千雪の言葉。

ネタバレしないようにギリギリ必要最小限の背景だけをかいつまんで説明すると、ヒロインの藤戸千雪は、パリコレにでるようなスーパーモデルを幼いころから目指している高校生。父親は有名ブランド会社の社長、母親は元パリコレデビューも果たしたトップモデル。普通はサラブレッドで順風満帆でいくはずが、とある理由で、スーパーモデルを目指して悪戦苦闘中。

一方、同級生の都村育人は入院中の母親と三人の妹たちがいる母子家庭を思わせる家庭環境にいる長男という立場。根っから服を作るのが好きで、デザイナー志望。経済的理由で高校卒業後の進路を迷うところから話が始まる。

夢に向かって努力する形は人それぞれ

スポ根の作品って、それを読んでいる(視聴している)だけで、胸がドキドキしますよね。この作品も、ファッション業界が舞台ですが、作者が複数のメディアで語っている通り、ヒューマンドラマとしても十分に楽しめる、スポ根ものです。

強いて似たような作品で例えるなら、「バクマン。」でしょうかね。ついつい、メインキャラたちの成長と努力の過程を自分の人生に重ねながら、感情移入過多で見入ってしまう感じは。(双方のファンの方、大目に見てください。^^;))

まあ、従来のスポ根もので、よくあるシチュエーションは、メインキャラがライバルキャラの情熱の熱量に圧倒されて、まだまだ自分の情熱・熱量が不足していると反省するくだり。

これは私なりのものの見方なのですが、このくだりの根底にある考え方は、

「同じ技量ならば、情熱(熱量)の差が結果(業績や世間からの評価)の良否を決める」

というもののような気がします。

例えば、連徹(連続徹夜)の日数で比較したりとか。あと、こういうのもあります。嫌いじゃないけど。

青春ぜんぶ懸けたって強くなれない?
まつげくん、
懸けてから言いなさい。

原田秀雄 末次由紀著「ちはやふる」講談社 単行本2巻、アニメ第1期 第7話より

冒頭のセリフは、久しぶりにスポ根もので、「熱量相対比較の法則」(←勝手に私が作りました)以外のロジックの登場に胸が躍りました。いいじゃないですか、夢に向かって努力する形が人ぞれぞれであったって。^^)

「勝ってなんぼ」「勝てば官軍負ければ賊軍」の世界観

プロ同士の勝負の世界は厳しいことは百も承知しています。ネガティブな表現ですので個人の特定はしませんが、囲碁の世界でトップランカーの棋士が、AIの登場により心が折れ、引退したというニュースを見たとき、このプロ棋士の心の内が少し見えたような気がしました。

誰よりも強い棋士を目指し、その原動力が負けず嫌いな気持ちからくるのは当たり前だとして、到達目標が試合に勝つことになっていたのではないでしょうか。

「AIとの直接対決で敗戦し、自分の力量をAIが超えてしまい、強化学習(自動学習)のテクノロジーの差で、その力量の差は到底、生身の人間では、もはやどんなに頑張ったって埋めることができない。今までの努力はいったい何だったんだ・・・」

というように、心が挫けてしまったのはないかと、短いニュースを読んだときに、思わず心情を探ってしまいました。

その一方で、日本の将棋の世界における第一人者は、AIのことも深く研究し、AIの進化(真価?)も受け入れたうえで、淡々と、まだ将棋の世界でしのぎを削っていらっしゃいます。この違いは果たしてどこからくるものなのでしょうか?

大相撲の世界には、「相撲に勝って勝負に負ける」という言葉があります。

相撲に勝って勝負に負けるとは - コトバンク
ことわざを知る辞典 - 相撲に勝って勝負に負けるの用語解説 - 相撲の取り口では十分に相手を圧倒していながら、勝負では負ける。いい相撲であと一歩で勝ちというところまでいきながら、最後には負けてしまう。転じて、内容としてはよい経過をたどりながら、最後の結果で失敗することのたとえ。

この言葉は「勝ってなんぼ」。ビジネスならば、「結果を残してなんぼ」「儲けてなんぼ」。プロセス(過程)がどんなに素晴らしくても、最終的に結果を出さないと評価されない、という文脈で用いられることも多いかと思います。

ある程度のレベルまでは、勝ちにこだわったほうが、成長が促進され、結果も得やすい方法論だとは思います。なぜなら、結果(目標)から逆算したほうが、現時点のやるべきことが明確になるからです。

人は、明確に定義されればされるほど、目の前の作業に集中できるし、どれくらいのアウトプット品質が要求され、どれくらいのインプット(物量)を必要とするのか、理解しやすくなるものです。

ある程度、将来の不確実性が減衰していたほうが、作業が効率的に進められるのは言うまでもありません。

しかし、どのレベルまで、「勝ち」(結果)にこだわるべきなのでしょうか?

管理会計に金メダル制度はありませんが木鶏を目指すことはできます

以下の過去投稿も参考にして頂きたいです。

人が効率的とか、合目的であることを重要視して仕事をする際は、スポーツでもその他の競技でも芸術の分野でも同じだと思いますが、プロセスかアウトプットか、重点を入れるポイントはどちらか、非常に難しい問題だと思います。

おそらく、一流と認められるレベルまでは、結果重視で行った方が成功率が高いような気がします。まあ、人にもよると思いますが。一般論として。^^)

ここでポイントになるのが、「何をもって成功とするのか」「何をもって勝利とするか」の定義です。

残念ながら(と口で言うほど、実は残念には思っていないのですが)、私が極めたいと考えている「管理会計」には、金メダルシステム、すなわちコンテストでランキングをきめるという制度が世の中に存在していません。

「管理会計」で博士号をとるとか、ベストセラーの一般書を世に送り出して有名になるとか、どこかのコンサルティングファームのトップ(最高経営責任者とか最高研究責任者とか)になるとか、すべて、「最高の管理会計をクライアントに提供する」要素以外の要素も積み上げないと、実現しないものばかりです。

置かれた場所で咲きなさい

渡辺和子 「置かれた場所で咲きなさい」(幻冬舎 )

われ、いまだ木鶏たりえず

双葉山 定次 (69連勝を続けていた双葉山が、安藝ノ海に破れて3年ぶりの黒星を喫した時の言葉)

何をもって「勝利」というか難しいですが、千雪がいうとおり、自分なりの努力の形を存在証明しないと、その努力は報われない、と考えるとちょっと切なくなってしまいます。

むしろ、自分がなりたい姿になるために努力する。その余勢で周囲からの評価まで上がれば儲けものじゃありませんか。「木鶏」だけを目指して、精進し、そのあまりもので、世の中に少しでも貢献できればそれで万事OKです。 頑張れ、育人! ^^)

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