■ 事業部を完全なプロフィットセンター扱いできないことに日本人は慣れ過ぎている!
前回、事業部制組織はひとつの事業部にプロフィットセンターとしての会計責任を設定し、トップマネジメントはそれぞれの事業部に対する経営資源の配分に関する意思決定を担う、事業ポートフォリオマネージャーとしての会計責任があるという非常にシンプルでかつ基本的な事業別組織の業績管理会計の形についてご説明しました。
今回は、業績管理や経営管理を担っている責任者の方々に対して、もう一度基本に立ち返って頂きたいポイントを、念押しのつもりで深堀りして解説します。それは、日本企業における事業部制組織が、当たり前すぎるぐらいに組織と権限のアンバランスさで完全なプロフィットセンター管理ができないにもかかわらず、いろんな苦労をしてまで事業部をあくまでプロフィットセンター扱いしようとする努力に対する警鐘です。
その類の努力や工夫は、一人の管理会計屋としては敬意を払うに値するとは思いますが、努力する量に比べてあまりに益少なし。ほんとうに、毎期毎期、そんな努力をして、不完全事業部をプロフィットセンター扱いして、利益レポートを作成・提出していても、本当にその利益レポートを見て、適正な経営判断(ここでは、事業ポートフォリオ管理を意味する)ができるのかと、はなはだ疑問に思うからです。
その根幹となる原因は、事業部の権限と責任がアンバランスであることで、現象として観察できることは、業績管理会計のための情報としては事業部利益の質が低く、利益指標で適切な経営判断は難しいと思うからです。
<事業部利益の質>(再掲)
① 事業部長の事業活動の裁量下で生み出される「管理可能利益」であること
② トップマネジメントが事業ポートフォリオ管理をする際の指標として利用できる「業績評価利益」であること
③ 株主に対する説明責任を果たすべく、すべての事業部利益を合算すると全社利益となり得る「セグメント利益」であること
■ 無理矢理プロフィットセンター扱いするための振替価格制度が諸悪の根源
そもそも、事業部というのは、社内で独立してそれぞれの市場・顧客に向き合い、開発・生産・販売といった事業運営に必要なすべての機能を有し、それぞれが自部門で発生したコストと顧客からの収益の差額の利益指標で業績の良否を測ることのできるプロフィットセンターであるべき姿でした。
しかしながら、意図的に、または不可避的に、機能として不完全な組織に事業部を名乗らせたり、業績管理会計レポート上だけプロフィットセンター扱いしたりして、利益指標で業績評価するケースが非常に多いのです。下記に、その典型例として、工場を「生産事業部」、営業部門を「販売事業部」として独立させ、2つの組織間で製品の売買取引を疑似的に認識することがあります。
その際、生産事業部(工場)と販売事業部(営業部門)の間でやり取りされる製品の取引価格は、振替価格(社内振替価格、内部振替価格)や社内移転価格、仕切価格と呼称します。実際には、一つの会社には一つの原価と一つの売価しか存在しないのですが、こうやって、社内取引を認識することで、振替価格を基準に、一つの会社の営業利益を生産事業部と販売事業部に分けてやり、それぞれプロフィットセンター扱いすることが可能になります。
上図のケースで、「事業部利益の質」は果たして大丈夫なのでしょうか?
生産事業部長にとって、本当の顧客への実販売価格はコントロールできないこと、販売事業部長にとって、工場からの振替価格(仕切価格)はまだ交渉の余地があるとしても、工場での製造原価は管理不能であることから、いずれの事業部長にとっても事業部利益は「管理可能利益」にはなり得ません。
ひとつの商流上に直列で生産事業部と販売事業部が立地しているので、トップマネジメントにとって、当該市場に対する事業ポートフォリオ管理を行う余地がありませんので、少なくとも事業ポートフォリオ管理のための「業績評価利益」にはなり得ません。
このケースでは、社内商流・社内取引における在庫未実現利益の消去は一旦度外視しているので、株主に対する説明責任を果たすべく、2つの事業部利益を合算すると全社利益となりますので、かろうじて「セグメント利益」にはなっています。
それゆえ、管理会計テクニックとして、振替価格制度(社内取引制度、社内仕切制度)が、疑似的にとはいえ、有効なプロフィットセンターを作り出すことができるがゆえ、あたかも万能薬のように使い倒され、よく社内の各組織間の権限設定や振替価格(仕切価格)の適正な設定の議論をそっちのけで、「どこそこの事業部利益がいくらになった」という結果だけが独り歩きしているのが、多くの日本企業で見られる現状であると言っても過言ではないのです。
■ 疑似プロフィットセンター、ミニプロフィットセンターの功罪について
前章の「振替価格制度によるプロフィットセンターの誕生」のチャートにおいて、CEOだけが真のプロフィットセンター長たる資格があることは明らかです。なぜなら、事業部制組織というのは、ひとつひとつの事業部が直面する市場・顧客に対して、販売価格であったり、提供商品の品質やコストであったり、他の組織から独立して自身のビジネスに関する意思決定する権限とそれを行使する能力があることが大前提になるからです。
しかしながら、日本の多くの企業(特に製造業)において、上図のような疑似プロフィットセンターによる不完全事業部(一部事業部)を利益指標で管理する方式が歓迎されているのはどういう理由によってなのでしょうか?
① 組織が大きくなりすぎて、機能別組織のままでは、トップマネジメント層に経営管理の負荷がかかりすぎるから
② 疑似プロフィットセンター長が「事業部利益」を意識して行動することで、次世代の経営者としての絶好の育成機会となるから
③ 単純な「売上高」や「製造原価」「販売費」という会計情報より、「利益」という会計情報のメッセージ性が強力だから
経営者ひとりが会社の利益に関心を持ち、それ以外の職制は、与えられた権限の狭い範囲内で、目の前の売上高とかコストだけを見ているより、従業員全員に全社利益をどうにかしたいと意識付けするために、できるだけ社内組織ごとに利益目標を与えたい、というのが経営者の切実なる望みであるわけです。みんなで利益を大きくする、イコール会社業績を向上させる意識を持とうよ、という目標管理制度のツールとしての利益指標なのです。
一方で、冒頭からこうした社内振替制度に基づく、疑似(ミニ)プロフィットセンター制度に否定的な物言いを続けている筆者の思いは、この社内振替価格の反動にある負の部分の影響の方がメリットより大きいという判断に基づくものです。
適正な振替価格(仕切価格)の設定が大前提のこの制度の弱点・負の遺産は、以下の通り。
① そもそも適正な振替価格の設定自体が難しい
② 振替価格自体の議論にエネルギーを費やし、社外活動(市場開拓、新製品開発、コストダウンなど)が疎かになりやすい
③ 間違った振替価格設定のせいで、製品改廃や商流変更などの重要な意思決定を誤るリスクが高くなる
せっかく、全社利益・会社業績向上のための振替価格制度に基づく利益管理を行おうとしても、社内取引価格の高い、安いの話に矮小化されることの方が多くはないですか? 高名な管理会計の教授が書かれた教科書にも、市場価格をきちんと参照して振替価格を設定すべし、と書き上げられていたりするのですが、現場を見て物申してください、と言いたい。(^^)
そもそも、市場価格を参照できるということは、社内振替取引をせずに、その市場価格で社外に販売した方が会社利益が増えるかもしれないビジネスチャンスがあるということです。外貨を稼いだ方が会社はもっと儲かりますから。
直面している市場にもよりますが、わざわざ社内取引を起こしている商材は、社外に一般市場が無い、即ち参照すべき市場価格がない中間品であるケースもあります。たとえ、最終品であったとしても、BtoB市場なら、よその会社の売値をそうやすやすと手に入れることができるはずがないでしょう。
仮に、市場価格を手に入れることができたとして、生産・販売物量の違い、生産設備投資状況の違い、安定供給や在庫リスク負担などの契約条件の違いなどから、使い物にならないケースの方が多いでしょう。
ここでは出し惜しみしておきますが(別稿できちんと触れます)、ミニプロフィットセンター制度で成功している企業も確かに存在します。しかし、そうした企業は、上記のリスクや負の遺産を覆すだけの秘訣や努力の方法を知っています。しかも、実行難度の結構高いものばかり。
それゆえ、いたずらに、社内振替価格による社内取引制度を、事業会社での実務経験とコンサルタント経験から、あまりお勧めしないのです。ただし、仕事ですから、依頼されれば運用可能でかつリスクをできるだけ小さくする制度設計をする自信はあります。(^^;)
(連載)
⇒「業績管理会計の基礎(7)事業別組織における責任会計構造の設計 ①プロフィットセンターとしての事業部利益管理を難しくしている要因とは?」
⇒「業績管理会計の基礎(8)事業別組織における責任会計構造の設計 ②社内商流・社内取引による振替価格制度の功罪とは」
⇒「業績管理会計の基礎(9)事業別組織における会計責任構造の設計 ③社内取引制度は仕切価格をどう決めるかがポイント!」
⇒「業績管理会計の基礎(10)事業別組織における会計責任構造の設計 ④受注生産方式と在庫販売方式で異なる仕切価格の設定」
⇒「業績管理会計の基礎(11)事業別組織における会計責任構造の設計 ⑤本社コーポレート部門における共通固定費の配賦」
⇒「業績管理会計の基礎(12)事業別組織における会計責任構造の設計 ⑥本社費の配賦と管理可能利益の両立」
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