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資金調達戦線に異変あり(上)「ハイブリッド」花盛り(下)「超長期化」する社債 -マイナス金利が財務レバレッジで資本コスト低下を促す!

経営管理会計トピック 会計で経営を読む
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■ 「ハイブリッド債」との命名は、「劣後債」と相対して「朝三暮四」なのか?

経営管理会計トピック

マイナス金利政策の導入から半年。この半年は社債による資金調達と、自社株買いによる株主還元の記事を毎日目にする半年でもありました。その総括記事が連載されましたので、ここでまとめておきたいと思います。

2016/8/17付 |日本経済新聞|朝刊 資金調達戦線に異変あり(上) 「ハイブリッド」花盛り 「いいとこ取り」の引力 出し手と受け手の思惑一致

「マイナス金利政策の導入から半年。企業の資金調達戦線に異変が生じている。空前のカネ余りが生んだ一時のあだ花か、それともファイナンスの新常識となるのか。」

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

自動車でも、ガソリンエンジンとモーターからの電力供給の併用で走る車をハイブリッドカーと呼びます。最近は「ハイブリッド」は何か、いい語感を持った言葉となりました。さて、ハイブリッド車のハイブリッドのされ方には、①シリーズ方式(エンジンはモーター駆動専用にした直列配置)、②パラレル方式(複数の動力源を車輪の駆動に使用する方式で、モーターアシスト方式とも呼ばれる)、③スプリット方式(エンジンからの動力をプラネタリーギア分割し、発電機と車輪の駆動へ振り分ける方式で、トヨタのプリウスはこれ)の3種類あり、どの方式もデ=ファクトスタンダードを競って技術競争中です。

当然、コーポレートファイナンスの世界の「ハイブリッド証券」にも種類があります。そもそも、以下のどれかの属性を持ち、会計処理及び法的位置づけとして、債権(負債)と株式(資本)の両方の性格を併せ持ったものの総称として使用されます。

① 劣後債:ジュニア債とも呼ばれ、デフォルト時に、弁済順位が劣る(元利金の支払いが優先的に行われない)代わりに、高利回りとなっているものです

② 永久債:満期が無い債券で、発行体が償還を求めない限り、永久に利子(クーポン)が得られるのですが、投資家側には償還要求権はありません

③ 優先株:種類株式の一種で、普通株式と比べ、剰余金の配当を優先的に受けられるか、残余財産の分配を優先的に受けられるか、それとも両方について優先的に受けられるか、という性質を兼ね備えた株式です

④ 優先出資証券:株式会社における優先株の位置づけで、協同組織金融機関および特別目的会社(SPC)が発行するもの

という種類から構成されるものです。従来は、「劣後債」と呼ばれ、経営再建資金のイメージが強く、あまり好まれなかったのですが、「ハイブリッド債」と横文字(カタカナ)で呼び慣らされると、なんかかっこいい感じがします。

(下記は、同記事添付のハイブリッド証券の位置づけを表した図を転載)

20160817_ハイブリッド証券_日本経済新聞朝刊

●発行企業にとってのメリット

① 株式の希薄化を回避できる
② 格付け会社から、一定割合を資本と見なされるため、格付けを落とさずに資金調達できる
③ あくまで負債形式をとれば、その支払利息は損金算入できる

●投資家にとってのメリット

① 高スプレッドの投資対象として高いリターンが見込める
② 長期・短期、ハイイールド・低位安定など、投資ポートフォリオのリスク分散をより多次元化できる

最近脚光を浴びているのは、「劣後債」「優先出資証券」としての「ハイブリッド債」なのです。

 

■ 「ハイブリッド債」発行の盛り上がり具合はどれくらい?

同記事では、「ハイブリッド債」発行規模の大きさがつらつらと記述されています。

「調達額の合計は今年8月時点で約4兆8000億円と既に前年通年の実績の倍近くになり、ソフトバンクの1兆円を除いても過去最高だ。
 三井物産や丸紅など商社に加え、日本通運や出光興産、オリックスなど顔ぶれも広がっている。「劣後と言うと後ろ向きのイメージだが、当社は前向きな成長資金の調達」。オリックスの担当者は強調する。」

(下記は、同記事添付のハイブリッド債による資金調達の推移グラフを転載)

20160817_ハイブリッド型の資金調達は過去最高_日本経済新聞朝刊

確かに、ソフトバンクのケースは、大変注目された記事がありました。

2016/8/2付 |日本経済新聞|朝刊 ソフトバンク1兆円起債 アーム買収資金 財務改善も狙う

「ソフトバンクグループは財務改善効果のある「ハイブリッド社債」を2016年度中に総額1兆円発行する。発行規模は国内企業では最大。調達資金は英半導体設計大手アーム・ホールディングスの買収資金3.3兆円の一部に充当する。成長資金を調達しつつ、財務改善も進める戦略だ。
 秋に計5千億~8千億円規模を発行し、年度内にもう一度発行する。5千億円は個人投資家向けとする。償還までの満期は60年。5年目以降なら会社側の判断で繰り上げ償還できる条件がつく。
 金利は年3%程度にとどまる見込み。日銀のマイナス金利政策を追い風にして調達する。一方、運用難に悩む投資家には魅力的な金利水準に映る可能性が大きい。」

⇒「ソフトバンクのレバレッジ経営、アーム・ホールディングス買収を2重のキャッシュフローで読み解く!

企業の財務管理担当者からすれば、「負債の調達コストはマイナス金利下で一段と低下している。60年という長期の借入期間で三井物産などダブルA格の調達金利は1%台。ソフトバンクのハイブリッド債も年3%程度に抑えられる見通しだ」とあり、

① 調達資金コストを一気に下げられる

その他、

② 公募増資などのエクイティファイナンス(新株発行を伴う資金調達)は一株利益を希薄化させ、株価の下落圧力となる事を防ぐことができる

③ 「伊藤レポート」やコーポレートガバナンス・コードなど、自己資本利益率(ROE)重視の流れが勢いを増す中で、手厚い自己資本を軽くすることができる

というメリットを重視して、右も左も「ハイブリッド債」発行⇒株主還元(増配、自己株償却)という動きが見受けられます。この点については、連載記事の(下)で詳しく言及されています。

 

■ 「超長期化」する社債で調達する資金の使途は正当なものなのか?

ハイブリッド債での資金調達がマイナス金利の状況下で、企業の財務担当者にとって、財務体質の強化(自己資本を厚くする)プレッシャーから解放され、分相応のリスクを負った上で資金調達コスト低下へのギリギリの挑戦を可能にしている意味で、巡り巡って、一見、企業に市中のお金が注入されているように目に映ることは、よいことのようにも思えますが、、、

2016/8/18付 |日本経済新聞|朝刊 資金調達戦線に異変あり(下)「超長期化」する社債 30年債、自社株買いへ 設備投資には回らず

「クレジット関係者が超長期債市場の変化を痛感した銘柄がある。満期2056年。三菱地所が6月下旬に発行した40年債だ。債券用語で長期債は10年物を指し、それ以上は全部、超長期債と呼ばれるが、超・超長期債といえる長さだ。」

(下記は、同記事添付の超長期債の発行が急増していることを表すグラフを転載)

20160818_超長期債の発行が急増している_日本経済新聞朝刊

このような超長期債発行の盛り上がりは、マイナス金利が演出しているのですが、その反動や意図せざる動きも一部にあるようです。

「あおりを食ったのが常連組だ。「マイナス金利後は逆に社債の買い手探しに苦労している」。東日本旅客鉄道(JR東日本)の森本雄司常務取締役は漏らす。7月に発行した40年債の利率は0.5%。低利調達はうれしいが、投資家へのアピール欠如は否めない。」

一つ目の反動は、従来から長期債による資金調達を行ってきた、社会資本・インフラ提供企業、JR、ガス、電力などの業種に属する企業の資金調達があおりを食って、資金の出し手探しに苦労して、なかなか買い手がつかないこと。

「資金の使途も日銀の思惑通りにはいかない。設備投資などを通じて低利資金を社会に回すのが金融緩和の狙い。だが、企業財務の現場は必ずしも狙い通りに動かない。
 7月に20年と30年の社債を計1000億円発行した第一三共。資金使途の欄に「自社株買い」がある。「社債で調達した資金で資本をスリム化し、資本効率の向上で投資家に報いる」と、中山譲治社長。自社株買いと合わせ技で発行する新株予約権付社債(転換社債=CB)、通称「リキャップCB」の例はあるが、超長期の普通社債の使途に自社株買いを明記するのは珍しい。」

二つ目の意図せざる動きは、低金利で調達した資金で、新規の設備投資にお金を回してもらい、乗数効果で景気を良くしてもらいたいのに、日銀がマイナス金利で提供したお金が、既存株主(投資家)の懐に戻っていき、その先の資金の行く先不明になってしまっていること。

記事では、続けて(どうやって第一三共の資本コストを推計したかの方法論にはいささか疑念があるところですが)、

「会社としては合理的な行動だ。ファイナンスの数式ではじいた同社の資本コストは約5%。一方、自己資本利益率(ROE)は17年3月期に5.3%とほぼ同水準で、資本コストを上回るリターンを求める株主に応え切れていない。30年で1.2%と「安い」負債で自社株を買えば、容易に資本効率を高められる。」

とあり、財務管理者として判断としては当然ですが、マクロ経済では好ましくない状況をもたらしている。よく言われている「合成の誤謬」が起きている!

誰にとって「正当か?」は、立場によって意見が分かれるのですが、金融政策担当者としては、見逃せない現状です。金融政策では本当の景気回復はムリだ、と主張する論者のほくそ笑む表情が見て取れます。

 

■ 「ハイブリッド債」でDEレシオは本当に改善するのか?

参考までに、追加でハイブリッド起債の盛り上がり記事をご紹介すると、

2016/8/19付 |日本経済新聞|朝刊 ハイブリッド債2000億円 三菱商、来月にも60年物

「三菱商事は18日、9月にも国内の機関投資家向けに劣後特約付き社債を発行すると発表した。期間が60年と長く、金額の半分程度が格付け会社から資本として認められる「ハイブリッド債」で、2000億円規模の資金調達を目指す。低金利の環境を生かし、財務の健全性を維持する狙い。」

(下記は、同記事添付の今年の主なハイブリッド調達企業の一覧表を転載)

20160819_今年の主なハイブリッド調達_日本経済新聞朝刊

三菱商事のねらいは、
「一部が資本として認められるため、財務の健全性を表す純負債資本倍率(ネットDEレシオ)の悪化を抑えられる。DEレシオは健全性の目安となる1倍前後を維持する方針。
 一方で、貸借対照表上は資本に計上されず、自己資本利益率(ROE)の低下要因にならない。同社は今期見込みが5.6%にとどまるROEを、2020年をメドに2ケタに伸ばす目標を掲げている。」

⇒「三菱商事、1000億円自社株買い 2桁増益で8年ぶり規模 株主還元を強化

財務分析のいいとこどりをしているのに気がつかれましたでしょうか?

・DEレシオ算出には、「ハイブリッド債」の一部を「資本」扱いしている
・ROE算出には、「ハイブリッド債」そのものを「負債」扱いしている

こうした財務分析は、一部(インタレストカバレッジレシオなど、有価証券報告書に、家計監査人の監査を経て、記載されるもの)を除いて、非GAAPの財務指標(キーメトリクス)が用いられます。企業が決算発表などで、非GAAPの財務指標を用いた業績説明をする場合には、より慎重にその文言を吟味する必要があります。

筆者の懸念については、下記投稿シリーズを参照してください。
⇒「不適切会計の手段 -キーメトリクスのトリック(1)企業財務分析者が気にすべき財務指標について

嘘はつかずとも、そう思わせることはできます。三菱商事も日本経済新聞社も名だたる有名企業で一流の人財によって経営されています。もう少し、筆者のような凡人でも楽に説明を理解できるように情報開示や記事掲載をしてほしい、そう心から願うのでした。(^^;)

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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