■ 「ものづくり」の在り様から原価管理の手法も決まる!
前回(原価計算基準(2)原価計算の目的 - ①財務諸表作成目的、②価格計算目的の盲点を突く!)は、そもそも何のために原価計算をするのか、主に制度会計領域の目的を中心に説明しました。今回はその続きということになります。
その前に、「基準一」から「基準六」までの全体像はこちら。
第一章 原価計算の目的と原価計算の一般的基準
一 原価計算の目的
原価計算には、各種の異なる目的が与えられるが、主たる目的は、次のとおりである。
(三) 経営管理者の各階層に対して、原価管理に必要な原価資料を提供すること。ここに原価管理とは、原価の標準を設定してこれを指示し、原価の実際の発生額を計算記録し、これを標準と比較して、その差異の原因を分析し、これに関する資料を経営管理者に報告し、原価能率を増進する措置を講ずることをいう。
この目的は「原価管理目的」と呼ばれるものです。原価計算基準が制定された当時、有体物(ハードウェア)の大量販売・大量生産のマスプロダクション全盛時代だったので、戦時下の統制経済ほどではないのですが、ピリオディックな期間計画をベースに予算編成・経営管理を行うことが一般的でした。さらに、経営管理を「計画」と「統制」とに分解して運用する方式を採用することも多くありました。
つまり、まず「標準(目標・計画)」を掲げ、期中はその目標達成に向けた差異管理(異常値管理)を中心に管理活動を行うというものです。こうした原価管理活動は、製造業中心の日本の産業界に染み付いているので、今でもこうした「PDCA」とか「PDS(Plan, Do, See)」といった管理プロセスが当たり前で疑う余地もなし、と考えている人も多いことと思います。
「計画」と「統制」が分化しているので、その差を埋めるのが「差異分析」という計数管理・分析活動です。この目標との差異数値は、次の利益計画や生産計画など、将来の方針を策定する上での参考となりますし、同時に、現場の原価管理担当者による差異管理の指標ともなりえるのです。
■ 「原価計算基準」が想定する原価管理の在り方とは?
もうひとつ、基準上の原価管理の位置づけの特徴は、前回説明した「財務諸表作成目的」とは、同様に制度会計のフレームワーク内に位置づけられるものの、いったんは別物として設置されたことです。
それにより、原価計算基準における原価管理目的に対する基本的考え方として、
① 原価管理担当者に、差額分析を通じて原価管理の効果を発揮させようとしている
② 原価管理の目標値となる「標準原価」を「実際原価」と同等のレベルで規定している
③ 原価管理手法のひとつである「直接原価計算」をある一定範囲で規定している
④ 他の法規との調整を意図した規定がある
というものが挙げられるのです。
つまり、財務諸表作成目的から別に原価管理目的を設定し、その目的を実現することで得られる原価能率はつまるところ、外部開示する財務諸表における原価情報の改善につながる=原価削減による利益増大、を狙ったものということになります。
今でも原価管理の現場で議論される、「制度会計と管理会計の数値は一致させた方がいいのか?」「制度会計の数字は悪いが、管理会計の数字だけがよくなる原価計算機構はだめなのか?」という問いに対しては、最終的には制度会計上の外部開示財務データを改善させることが、原価計算基準で規定される原価管理目的の最終目標である、といえます。
原価計算基準の真意は、財務会計機構の有機的に結合することを重視しながら、経営管理による業績向上のために原価情報(差異分析情報)を活用するところにあるのです。
■ 「原価計算基準」が想定する原価管理の手続を整理する
原価計算基準が想定する原価管理の手続きは下記の通り。あくまで、標準(目標)原価と実際原価の差額分析がメインとなっています。概ね、PDCAプロセスに沿って作業設計がなされています。
以下は補足説明。
(1)
「原価標準」と「標準原価」は厳密には異なります。
「標準原価」
財貨の消費量を科学的、統計的調査に基づいて能率の尺度となるように予定し、かつ、予定価格又は正常価格をもって計算した原価(基準四(一)2)
「原価標準」
製品一単位当たりの標準原価
具体的には、「原価標準カード」と呼ばれる、原価要素別に標準単価×標準消費数量の形式で表現されます。
(2)
基準六 原価計算の一般的基準
(二)原価管理に役立つために
9 原価計算は、原価の実績を、標準と対照比較しうるように計算記録する。
結局のところ、制度原価計算は、「実際原価」で示されることになるになるのですが、原価管理のためには、その実際原価をきちんと標準原価と対比できるように計算機構を準備することを要請されているのです。もちろん、原価管理目的を達成するためにです。
■ 「原価計算基準」が想定する原価管理の概念を整理する
原価管理は、英語では「コスト・マネジメント(Cost Management)」と呼びならわされています。その主眼は、利益管理の一環として、
① 原価引き下げの目標を明確にすること
② 原価引き下げの施策を計画すること
③ 原価引き下げ施策の実行とその管理活動
を行う所作で構成されています。
上図は、それ以外の近似する類似語を整理してみました。
「原価管理」の用語には、狭義と広義があって、本稿が説明対象とする「原価管理」は、狭義の「原価統制」を意味します。
それでは類似語の補足説明を。
(1)コスト・コントロール
一定の経営構造の下、一定の品質や規格を保持した製品を生産するという前提を充足したうえで、「原価標準」で示された原価発生を一定の幅に抑えておくこと。
(2)コスト・リダクション
製品の品質は確保しながら、経営管理者のその時々の意思決定にしたがって、「原価標準」が設定される作業条件や契約慣行そのものを変更し、「原価標準」自体を低減させようとするもの
特に、コスト・リダクションについて、時間軸上では量産以降のコスト削減の努力活動のすべてが含まれますが、量産前の設計や時には商品企画時に行われる原価低減・原価の作り込み活動は、「原価企画」と呼ばれ、「原価計算基準」制定時にはまだ意識されてはいませんでした。
(参考)
⇒「許容原価 - 原価企画まで持ち出さなくても、通常の利益計画でも使います!」
あくまで生産条件や経営条件を所与としたまま、与えられた環境下で「原価標準」をいかに維持するか、それが「原価計算基準」制定時に意識された原価管理なのでした。それは、どこまでいっても、規格品の大量生産というビジネスモデルありきの概念です。だからですよ、個別原価計算より圧倒的に総合原価計算の規定文書量が多いのは。
そういう制定当時に支配的だった「ものづくり」に思いを馳せて、今一度、「原価計算基準」を眺めてみて頂きたいと思います。温故知新。きっと、今必要とされている原価管理の所作が逆説的に浮き彫りになるのではないかと思います。(^^;)
⇒「原価計算基準(1)原価計算の一般基準の体系を整理 - ざっと原価計算基準の世界観を概括してみる!」
⇒「原価計算基準(2)原価計算の目的 - ①財務諸表作成目的、②価格計算目的の盲点を突く!」
⇒「原価計算基準(3)原価計算の目的 - ③原価管理目的は当時のマスプロダクションをそのまま反映したものだった!」
⇒「原価計算基準(4)原価計算の目的 - ④予算管理目的と短期利益計画の盛衰」
⇒「原価計算基準(5)原価計算の目的 ⑤基本計画設定目的 - そもそも経営計画は何種類あるのか?」
⇒「原価計算基準(6)原価計算制度 - 特殊原価調査とはどう違うのか、内部管理用原価でも制度である理由とは?」
⇒「原価計算基準(7)原価の本質① ものづくり経済を前提とした原価の本質的要件は4つ」
⇒「原価計算基準(8)原価の本質② 建設利息の扱いについてIFRSとの違いをチクリと指摘する」
⇒「原価計算基準(9)原価の本質③ 正常なものと異常なものの扱いについてIFRSとの違いをチクリと指摘する」
⇒「原価計算の歴史 - 経営課題の変遷と原価計算技法・目的の対応について」
⇒「原価計算基準」(全文参照できます)
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