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研究開発費、4割が最高 主要企業、総額5.7%増 – 日本型R&D投資戦略は効果発現重視か長期的視点か?

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■ 好景気!?に支えられ、大企業の研究開発投資の急激な伸びがみられる

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日本の研究開発投資は、GDP比率では各国より数%分は高く、長い間、技術立国ニッポンを支える競争優位の源泉でした。その動向について、最近は批判的な論評が目立ちます。丹念に数字を追って、その評価の真贋を問いたいと思います。

2017/7/27付 |日本経済新聞|朝刊 研究開発費、4割が最高 主要企業、総額5.7%増 今年度本社調査 自動運転などに積極投資

日本経済新聞社がまとめた2017年度の「研究開発活動に関する調査」で、主要企業の約4割が過去最高の研究開発費を投じることが分かった。研究開発投資の総額は16年度比5.7%増と、東日本大震災後の12年度以降では最大の伸びを見込む。自動運転やIT(情報技術)を中心に新たな成長投資に振り向ける。日本は厳しい財政状況から政府投資を増やせないなか、民間投資を軸に国際競争力の向上を目指す。

(下記は、同記事添付の「研究開発投資の上位10社」および企業2面の11位以下のランキング表を引用)

20170727_研究開発投資の上位10社_日本経済新聞朝刊

20170727_主要企業の研究開発費ランキング_日本経済新聞朝刊

1面の記事によりますと、16年度実績と比較できる268社の研究開発投資を合計すると、17年度の見込総額は12兆444億円に上ります。これまで、長年デフレによる業績低迷に悩んでいましたが、アベノミクス効果や円安効果が功を奏し、業績の立て直しとともに稼いだ利益を社内留保にまわし、潤沢な手元資金が投資余力を生み、ここにきて成長・重点分野に充てる流れが強まってきました。

投資分野への注目は同日企業2面の続き記事でも取り上げられています。

2017/7/27付 |日本経済新聞|朝刊 AIやロボ、重点開発 IT企業が投資拡大 今年度本社調査

日本経済新聞社が実施した2017年度の「研究開発活動に関する調査」によると、企業は人工知能(AI)のほか、モノがネットにつながるIoT、ロボットなどへの関心が高かった。ITや自動車関連企業などが投資を拡大し、出遅れからの挽回を目指す。一方、自社の研究開発力が伸び悩んでいるとの回答も目立ち、外部との連携強化なども活発だ。

(下記は、同記事添付の「AI・IoTなどの技術に期待が集まる」を引用)

20170727_AI・IoTなどの技術に期待が集まる_日本経済新聞朝刊

1面記事によりますと、
米国:総額が46兆円(13年)と00年から5兆円以上増加
中国:総額38兆円(14年)と00年から33兆円増加
日本:18兆円(14年)で00年から2兆円強の上積み

総額ベースだと、2000年はほぼ同額だったものがこの14年で大きく引き離され3位に後退。米中の官民比率はほぼ同じで、日本の民間比率は7割。それゆえ、景気変動に強く影響される企業による研究開発投資(R&D投資)に難ありとの言わんばかりの論調。だったら、官に任せた方が、効率的な研究成果が得られるとの証拠があるのでしょうか。それとも、景気変動も考慮せず(企業財務状況の省みず)、研究開発投資をし続けよ、とでも言うのでしょうか?

■ 短期的な効果の刈取りと、長期的視点に立った研究開発投資のどっちが有利?

2面の記事では、

「ただ投資額が増えても、利益を生み出す技術につながらない問題を多くの日本企業が抱える。自社の研究開発の競争力が5年前と比べると「上がった」という回答が41.4%だったのに対し「変わらない」と「下がった」が合わせて38.3%と拮抗した。研究人材不足や短期的な投資への偏重が原因とみている。」

① 積極的な研究開発投資が競争優位に必ずしも貢献しているとはいえない
② 人材不足や短期的な投資偏重で、投資効果が薄くなっている

という課題認識があるとの指摘がありました。

これについては、次の過去投稿を参考にして頂きたく。

関連記事ビジネスTODAY)炭素繊維、東レ上昇気流 ボーイングと1兆円契約発表 米の生産量、日本上回る

経営管理会計トピック_東レ_R&D推移_数表

経営管理会計トピック_東レ_R&D推移_グラフ

東レは、炭素素材の研究開発投資を40年続けて、炭素繊維世界シェア1位になりました。市場トップ3は全て日本企業で、日本勢だけで7割以上のシェアを持っています。東レは、ほぼ売上高研究開発費比率は3%を維持し続けました。こうした地道な基礎研究から商品応用研究まで息の長い研究開発投資こそ、競争優位の源泉となりえる格好のケースだと考えます。

■ 目先優先の短視眼的な投資スタンスでは得るものも少ない!?

研究開発の経済効果・企業業績への貢献度について、日本はあまり宜しくない、そういう分析記事も紹介します。

2017/5/15付 |日本経済新聞|朝刊 (エコノフォーカス)名ばかり研究大国ニッポン 目先主義、革新生まず 大企業偏重で効率低く

人工知能(AI)やロボットを駆使する第4次産業革命が世界で進む中、経済成長の持続に向け、企業の研究開発投資の重要性が一段と高まっている。経済規模と比較した投資額でみると日本はいまだ「研究大国」だが、投資額に対して利益を生み出す「生産性」は米国、欧州などに比べ格段に低い。原因はどこにあるのか。

(下記は、同記事添付の「日本企業は米独企業より研究開発投資に積極的(GDP比)」「日本企業の研究開発は米欧企業に比べて利益に結び付きにくい」を引用)

20170515_日本企業は米独企業より研究開発投資に積極的(GDP比)_日本経済新聞朝刊

この分析では、日本の名目国内総生産(GDP)に対する研究開発費の比率は、2000年以降3%台で推移しており、2%台後半の米国やドイツより高いことを示しております。さすれば、技術競争で優位に立ち、その分企業業績にもプラスに働くのではないか? そう考えるのが自然というものです。

しかし、下図に注目すると、研究開発投資と営業利益の関係から、日本企業の投資効率の悪さが際立つと指摘しています。
(この図による分析に関する筆者のコメントは次々章で紹介します!)

内閣府の分析では、欧州連合(EU)15カ国の企業(全産業)が投じた研究開発費は、日本企業と同じ規模だが、営業利益は日本企業の3倍近い。米国企業とも同水準の差がある。

その効率(利益貢献度)が悪い理由を次のようにまとめています。

(1)大企業に過度に投資が偏っているため、莫大な利益を生むイノベーションを阻んでいる
エビデンス:
経済協力開発機構(OECD)調査によれば、日本の従業員500人以上の企業の研究開発費は全体の89%で、米国(85%)、韓国(75%)、フランス(65%)に比べて相対的に高い

(2)製品改良に投資を優先しがち
・日本では研究開発型のベンチャーが育ちにくい
エビデンス:1年間に開業した企業数を総企業数で割った開業率は日本では5%程度で、米国は1割、中国は2割と大きな開きあり

・投資の多くを担う日本の大企業は、成果を得やすい既存技術の改良に開発費を振り向けがち
エビデンス1:
経済産業省のヒアリング調査から、日本企業の研究開発費の9割は自動車や携帯電話のモデルチェンジなど3年以内の事業化が見込める既存技術の改良に振り向けられ、自動運転など実用化に5年以上かかるとされる研究には1割しか割かない

エビデンス2:
44%の企業が「短期的な研究開発を増やしている」と回答
13%の企業が「中長期的な研究開発を増やしている」

「ニッセイ基礎研究所の久我尚子主任研究員は「従来の商品への不満を分析し、改善に結びつける日本企業のマーケティング手法も斬新な技術革新を生み出しにくい一因」と指摘する。」

■ いや短期的勝負にならざるを得ない事情があるのだという説もある!

同記事は次のように分析を続けます。

大企業を中心に、日本企業が抜本的なイノベーションに人とカネを割けない理由は、

≪労働市場の硬直性≫
・新規事業を育てるために人材を外部から募ろうにも、思うように集められない
・逆に解雇規制が厳しいため新規事業が失敗した場合に不採算部門の人を抱えるリスクから思い切った投資ができない

そのための処方箋は、

① ベンチャー育成
② オープンイノベーション
③ 労働市場の改革

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欧米流の開発投資は、R&D(Research & Development)というより、時にはR&A(Research & Acquisition)と呼ばれます。最近新聞紙上を賑わしている、AIやIoTのベンチャー企業を丸ごと買収する方法で、新技術もそれを開発する担当者も一気にお金で買う、という方法です。これだと、資本の論理で、さっとすばやく必要な技術と人が手に入ります。

こうした手法にも功罪があります。簡単にお金で手に入る技術は、陳腐化も早いし、同時に囲い込んだつもりの人材も、買収側の組織への忠誠心が低いため、雇用も長期に至らないことが多くあります。要は、地道な研究には向かない、パッとやってパッと資金を回収できるテクノロジーものが投資(開発)対象になるということ。そして、IT系、今時のフィンテックやAI、IoTはまさしくその方法論に相応しい。

いいか悪いかの話ではなくて、それが合っているかどうかの問題。

■ 欧米が短期で日本が長期的という紋切型も今時は流行らない!

翌日の日本経済新聞で取り上げられた、3Mの経営者インタビューを本ブログでも取り上げました。

関連記事 (時論)経営は日本的 でも高収益 米3M、58年連続増配 インゲ・チューリン会長兼CEO「製品の新陳代謝活発に」

このインタビュー記事の冒頭の解説では、3Mはむしろ日本企業に近いという評価で始まっています。

「右肩上がりの成長」はすべての企業の目標だが、実現できる企業は多くない。数少ない事例のひとつが2016年まで58年も続けて増配中の米素材大手スリーエム(3M)だ。コツコツ積み上げる研究開発(R&D)を重視し、生え抜き人材の育成を基本に据える経営スタイルは日本企業とも重なり合う。日本勢にできないことがなぜ3Mに可能なのか。インゲ・チューリン会長兼最高経営責任者(CEO)に持続成長の核心を聞いた。

そして3Mでは、「NPVI(New Product Vitality Index:新製品売上高比率)」といって、全売上高のうり、過去5年以内に発売した新製品が占める比率をKPI(重要経営管理指標)として着目しており、現状は30%以上と満足すべき水準を維持しています。3Mが提供する商品は、工業用の研磨材から医療材料、『ポスト・イット』のような文房具まで幅広いことが特徴ですが、全般的言えば、既存商品は陳腐化によって毎年4%程度売り上げが逓減していくことが経験則から分かっています。その結果、5年経つと売上高は2割減となります。

その穴を埋め、さらに会社全体の売上高を押し上げるには、切れ目なくイノベーションを起こし、製品群の新陳代謝を活発にしなければなりません。全社員のベクトルを一致させ、新製品の投入=売上高の維持・成長を目指すために、前述の「NPVI」がKPIとして、社内共通の管理指標となっているという訳です。

ここで「5年」に着目してください。前々章で引用した、日本企業の開発生産性が悪いとする、研究開発費と営業利益の相関図。研究開発費は、2004~08年の累計で、営業利益は、2009~13年の累計で、ちょうど5年ずれで相関グラフを作成しています。

筆者が言いたいのは、3MのBtoC市場では、たまたま5年で商品が陳腐化するので、そのサイクルでの新商品投入を大事なKPIにしているということ。それぞれの企業が対面する市場サイクルは業界それぞれ。5年縛りの根拠など本当は無いのです!

日本型とか、欧米型とか、5年サイクルで研究開発投資を回収すべき、とか、開発が日の目を見なければならない、ということは無いのです。そうでないと、40年かけて市場トップになった炭素素材の東レの様な企業は、もはや登場してきませんよ!

賢明な経営者ならば、簡単で分かりやすいグラフに騙されて、それこそ、オープンイノベーションとか、R&Aとか、安易にお金で技術を買わないとダメ、みたいな風潮に簡単に同調しないでいただきたい。きちんと株主に説明責任を果たして、長期開発投資の原資をしっかり確保して頂きたい。そう切に願うばかりです。(^^)

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、過去及び現在を問わず、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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