■ 原価計算の憲法である「原価計算基準」を読もう!
前回(原価計算の歴史 - 経営課題の変遷と原価計算技法・目的の対応について)は原価計算の300年の歴史を、時の経済状況・経営課題に沿って説明しました。今回から、いよいよ日本における原価計算の憲法たる「原価計算基準」を読み込んでいきたいと思います。日本国憲法も改正手続きがハードで、硬性憲法と言われていますが、原価計算基準も昭和37年11月8日に、企業会計審議会から公表された後、誰にも、どこも改正されずに今日まで生き延びている古典です。企業会計原則も、監査基準も適時改正されているのに反して、なぜ原価計算基準だけがupdateされないのか、不思議ではあります。実務に対応していないとの批判の声も年々高まり、昨今ではIFRS(国際財務報告基準)との乖離も目立ってきています。しかし、古典だからという理由だけで批判するのではなく、キチンと内容を理解した上で、建設的な議論をしたい。そう考え、今一度、基本に戻って「原価計算基準」を読もうと一念発起したわけです。
■ 「原価計算基準」制定時の時代背景と全体構成
本ブログでは、「原価計算基準」の全文を目次ショートカット付きで公開しています。
⇒「原価計算基準」
本稿でも、原価計算基準の目次をざっと見てみましょう。
『企業会計原則』の構成に似て、まずは一般原則を説明した後に、企業会計・財務諸表作成のための原価計算制度として、大別される「実際原価計算」と「標準原価計算」のやり方が解説されています。先に解説されている「実際原価計算」の方で詳細な手続きを説明して、「標準原価計算」の章では、あくまで標準原価計算特有の処理のみを言及しています。その後、「実際原価計算」「標準原価計算」いずれを採用しても必ず発生する原価差異に関する計算手続と会計処理について補足的説明が続きます。
ここで重要なのが、「原価差異」を用いた、詳細な原価管理手法や原価差異分析手法が語られていないことです。つまり、原価差異の計算方法と会計処理についてフォーカスが当たっており、少なくとも、財務諸表作成の用には足りますが、管理会計視点での差異分析の各種技法の紹介がなされていないことです。これは、そもそも「原価計算基準」が制定された際の、裏事情によるものと一般的には言われています。
現在の『原価計算基準』の大元となったのが、昭和12年『製造原価計算準則』。商工省臨時産業合理局財務委員会の手で制定発表されました。各業種を詳しく調査して一般的な原価計算規程を制定することによって、産業合理化を推し進め産業界を不況から脱出させようとしました。しかし、同じ年に勃発した日中戦争の激化と共に戦時経済に突入したため、この委員会はいったん解散してしまいます。この後、軍事体制の整備のため、軍需工場を統制管理することを制定趣旨として昭和17年に『製造工業原価計算要領』が企画院の手で制定発表されました。戦後、軍事色が強かった同要領は改廃されたものの、企業会計審議会(第4部会)が外部公表用の財務諸表作成目的外の内部利用目的(原価管理、予算管理など)を含め、昭和37年に公表されたものです。なお、同1部会が昭和24年に『企業会計原則』を発表した13年後のことです。
こういう経緯から、
① 公表を急いだため、基本構想の前半部分である外部利用目的部分の詳細だけを途中公表した
② 戦前の軍事経済の影響を承継しているため、価格統制の必要性から制定されていた「価格計算目的」が規程内に残存している
つまり、後半に続くはずだった内部利用目的の箇所が発表されずに、半世紀以上が経過しているわけです。
■ 第一章「原価計算の目的と原価計算の一般的基準」の体系とは?
それでは、第一章「原価計算の目的と原価計算の一般的基準」の基本構成をみていきましょう。ここに、戦後日本の製造業の型となった「ものづくり企業」の原型モデルが垣間見ることができます。
基準一:原価計算の目的
前回説明した通り、ものづくり企業のその時々の経営課題を解決するために、原価計算の目的が次々と考えられました。
① 財務諸表作成目的
② 価格計算目的
③ 原価管理目的
④ 予算管理目的
⑤ 基本計画設定目的
この構成を理解する上で重要なのが、「基準二:原価計算制度」との関連性です。いわゆる財務諸表にもとづく企業の会計報告制度に組み込まれたものがいわゆる制度としての原価計算と呼ばれ、①から④の各目的と有機的に結び付けられます。ただし、⑤の基本計画設定目的は、純粋に経営者の意思決定のためのものであり、必ずしも公表用財務諸表の計算フレームワークに収まっていなくても、各種原価資料を作成・利用することが、経営合理性の中に納まっている範囲なら、許されている(というか積極的に活用することが進められる)といえます。ただし、④の予算管理目的も、期間損益計算にまつわる部分は原価計算制度による資料で判断がなされるべきですが、それ以外の予算管理の実務が社内で実践されている場合は、制度に依拠する必然性がありません。
基準二:原価計算制度
したがって、財務会計機構と有機的結合の下、常時継続的に実施されるのが「原価計算制度」で、それ以外の必要に応じて、必要なタイミングで実践される統計的調査や技術的計算は「特殊原価調査」と呼ばれています。むしろ、管理会計の範疇に入れるべき原価計算はこっちの領域の論点の方がずっと多いのは周知の事実です。制度としての原価計算は、「実際原価計算」と「標準原価計算」の2つだけが規定されています。つまり、「直接原価計算」は、「原価計算基準」では制度としては認められていないということを意味します。
基準三:原価の本質
「原価計算制度」「特殊原価調査」の双方を問わず、原価とは何ぞや? を定義した項目になります。代表的な考え方が、
① 財務費用は原価とはしない(借入利息など)
② 異常な理由(特別損失や減損損失にあたるもの)による支出は原価とはしない
の2つです。このうち、①については、IFRSとのコンバージェンス等で、原価計算の学習・実務において重要な論点になっています。
基準四:原価の諸概念
平たく言うと、制度としての原価計算で算出される原価の種類(部分原価はそれを説明した上で、それは制度としての原価ではないとする)を説明しています。初学者がここで戸惑ってしまうポイントがあるとしたら、ここに「個別原価計算」「総合原価計算」の用語が説明されていないことです。
「個別原価計算」「総合原価計算」は、「実際原価計算」「標準原価計算」に内包されている原価計算ステップの第3段階、「製品別原価計算」の手法の種類にすぎません。製品別の原価を求めるためには、その製品がどのような生産形態で作られているのか、ものづくり現場での生産管理手法に大きく依存します。それゆえ、「原価計算基準」においては、「実際原価計算」の説明内で、生産形態の種類別に分類されて触れられることになります。
基準五:非原価項目
この箇所は、「基準三:原価の本質」の補足説明の位置づけとなります。基準三はどちらかというと抽象的な概念説明となり、実務者が分かりにくい説明になっています(と一般的に言われています)。それゆえ、本項目で具体的に、非原価とするものを例示列挙することで、改めて、原価概念の理解を深めようとして設置された項目となります。
基準六:原価計算の一般的基準
この項目は、原価計算制度において原価を計算する際に従うべき一般的規則を解説している部分になります。あくまで「制度」を前提にしているため、「②価格計算目的」「⑤基本計画設定目的」に関連する基準がありません。こういうことは、事前に誰かから説明を受けないと、単純に設定漏れではないかとの邪念が起き、学習に支障をきたすこともあり得ます(筆者がまさにそうでした(^^;)。)
本稿のおまけとして、各基準の名前だけ列挙しておきます。
(1)財務諸表作成のための一般的基準
① 全部原価の原則
② 信憑性の原則
③ 原価差異適正処理の原則
④ 財務会計との有機的結合の原則
(2)原価管理のための一般的基準
① 責任区分明確化の原則
② 管理的原価分類の原則
③ 物量計算の原則
④ 標準設定の原則
⑤ 比較性の原則
⑥ 差異分析・報告の原則
⑦ 計算能率の原則
(3)予算管理のための一般的基準
① 予算統制資料の提供の原則
「原価計算基準」という古典を学習するためには、その歴史的背景と全体的な構成を理解しておかないと、逐条解説文にいきなりあたっても、理解が進みません。これから「原価計算基準」という大海に漕ぎ出す皆さんのよき羅針盤を最初に提示できていればいいのですが。。。(^^;)
⇒「原価計算基準(1)原価計算の一般基準の体系を整理 - ざっと原価計算基準の世界観を概括してみる!」
⇒「原価計算基準(2)原価計算の目的 - ①財務諸表作成目的、②価格計算目的の盲点を突く!」
⇒「原価計算基準(3)原価計算の目的 - ③原価管理目的は当時のマスプロダクションをそのまま反映したものだった!」
⇒「原価計算基準(4)原価計算の目的 - ④予算管理目的と短期利益計画の盛衰」
⇒「原価計算基準(5)原価計算の目的 ⑤基本計画設定目的 - そもそも経営計画は何種類あるのか?」
⇒「原価計算基準(6)原価計算制度 - 特殊原価調査とはどう違うのか、内部管理用原価でも制度である理由とは?」
⇒「原価計算基準(7)原価の本質① ものづくり経済を前提とした原価の本質的要件は4つ」
⇒「原価計算基準(8)原価の本質② 建設利息の扱いについてIFRSとの違いをチクリと指摘する」
⇒「原価計算基準(9)原価の本質③ 正常なものと異常なものの扱いについてIFRSとの違いをチクリと指摘する」
⇒「原価計算の歴史 - 経営課題の変遷と原価計算技法・目的の対応について」
⇒「原価計算基準」(全文参照できます)
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