■ 実際原価とは、何が実際だったら、その名の通り実際原価となるのか?
原価計算基準にて様々な原価概念を3つの対立軸でまとめたのが、今回からご紹介する「基準四 原価の諸概念」です。基準四では、
① 製品原価に使う消費量と価格の算定基準
実際原価 と 標準原価
② 財務諸表上の収益との対応関係
製品原価 と 期間原価
③ 集計される原価の範囲の違い
全部原価 と 部分原価
の3軸、6種類の原価概念を順に説明しています。
では詳細な説明に入る前に、「基準一」から「基準六」までの全体像はこちら。
第一章 原価計算の目的と原価計算の一般的基準
四 原価の諸概念
原価計算制度においては、原価の本質的規定にしたがい、さらに各種の目的に規定されて、具体的には次のような諸種の原価概念が生ずる。
(一) 実際原価と標準原価
原価は、その消費量および価格の算定基準を異にするにしたがって、実際原価と標準原価とに区別される。
1 実際原価とは、財貨の実際消費量をもって計算した原価をいう。ただし、その実際消費量は、経営の正常な状態を前提とするものであり、したがって、異常な状態を原因とする異常な消費量は、実際原価の計算においてもこれを実際消費量と解さないものとする。
実際原価は、厳密には実際の取得価格をもって計算した原価の実際発生額であるが、原価を予定価格等をもって計算しても、消費量を実際によって計算する限り、それは実際原価の計算である。ここに予定価格とは、将来の一定期間における実際の取得価格を予想することによって定めた価格をいう。
財務諸表上で損益計算のために行われる原価計算はもとより、業績管理のためにコストコントロールするために行われる「原価管理」は、つまるところ、製品単位当たりの原価、即ち単価と、産出数量の2つを変数にして行われるのが基本となります。
1円でも安く単価を下げることを目指し、同じ経営資源量の投入から、少しでも多い製品/サービスの提供を目指す。この2つが原価管理活動の良否、ひいては企業の業績を左右するからです。
製品原価 = 単価 × 数量
この製品原価の良否を決める「単価」と「数量」の求め方が、実際の数値か、原価標準に示された数値か、それが「実際原価」と「標準原価」を峻別する境目となります。
■ 実際原価計算における実際消費量とは何か?
実際原価かどうかを決める要素は、単価と数量の2つ。その数量について、その製品/サービスを生み出すのに、費消されたものの数量を指して「消費量」といいます。例えば、自動車を完成させるのに、タイヤが4本。この4本が実際に消費した数量、という風に。
自動車生産について、タイヤなら完成品を外から眺めても、タイヤが4つ付属していることは自明なので、とても分かりやすいのですが、例えば鋼鈑が、マイコンが、トランスミッションが、と自動車を細かく分けていくと何万点、何十万点の部品に因数分解されていきます。
そして、それぞれの部品の組み立てラインにおいて、ねじを4本使うところを、1本ころころと転がって紛失してしまった、はんだ付けでマウントする電子部品が6つのところ、ひとつをお釈迦にしてダメにしてしまったというとき、自動車を1台完成させるのに、ねじは5つ消費した、電子部品は7つ消費した、と考えます。
ねじが1本1円、電子部品が1つ10円の場合、それぞれの実際原価としての材料費は、
ねじ 5本 × @1円 = 5円
電子部品 7つ × @10円 = 70円
となります。この消費量が実際の数字なので、この5円や70円を実際原価というのです。ある意味、この5円や70円は月末の原価計算をするタイミングから見れば、月中の過去時点に発生した過去原価、すなわちこれを歴史的原価と呼ぶこともあります。歴史的原価は、実際にその消費量に応じて、本当に支払ったお金で測ったコストです。では、それがどんなに増えてしまっても実際原価と言い張れるのでしょうか?
ここで、原価計算基準三の原価の本質から、「正常性」という概念を引いてきます。例えば、いきなり工場が台風などの自然災害に遭い、在庫してあったねじを100万本、電子部品を20万個水浸しにして錆びさせて使えなくなったら、100万円や140万円を自動車一台分の実際原価に算入しても本当にいいのでしょうか?
そういう原因で発生したコストは異常原価として、原価計算制度では製品原価として採用することはありません。実際原価といえども、必ず「正常原価」(正常な購買・加工・製造管理活動において発生するであろう原価)であるべきであるという条件を満たす必要があるのです。
上記の100万円や140万円は、特別損失としてP/Lに計上し、製品原価には算入しないのが、財務諸表作成目的からも、原価管理目的からもまっとうな原価処理といえます。
■ 実際原価計算における価格とは
歴史的原価から異常原価となる要因を差し引いた条件下での「実際消費量」で持って計算される原価をすべからく実際原価ということができます。しかし、その実際消費量に掛け算させる相手の単価(価格)の方は、「実際消費価格」と「予定価格」の両方が原価計算基準では、共に実際原価の構成要素として積極的に認められています。
(その1)実際原価 = 実際価格 × 実際消費量 (歴史的原価)
(その2)実際原価 = 予定価格等 × 実際消費量
ただし、実際消費量には異常消費量を含めないので、厳格に表記するなら、下記のようになります。
実際原価 = 実際価格または予定価格等 × 正常消費量
企業会計原則では、実際の取得価格をもって計算される「取得原価主義」を原則としているので、価格(単価)について、「予定価格」を実際価格と同等に認めているのは、若干違和感があります。しかし、それにも歴とした理由が2つもあるのです。
① 計算の迅速化
現在では、ITによる原価計算のスピードも格段に速くなり、これまでの様々な仮定を置いた原価計算ルールは必要性が薄れていっているものが多くあります。そのひとつがこれです。原価計算基準の制定時は、それほどコンピュータが一般的ではなかったので、手作業による記帳や実地棚卸作業により原価計算を行っていました。それゆえ、会計実務上、実際の取得原価を求めるために、相当の手数と時間を要し、月次決算に間に合わせるように、毎月の原価計算手続きにおいて、実際価格情報を集めるのが困難なケースが想定されていました。そこで、予め蓋然性の高い(命中率の高い)予め定めておく「予定価格」を代替品として使用してもよいよ、という許容がなされていたのです。
② 正常性の追求
前章にて、実際消費量の説明の際、歴史的原価と正常原価の違いをお話しました。価格においても、正常性の追求がよいことであるのは間違いないので、むしろ「予定価格」の方がより正常原価に違い概念としてもてはやされることになるのはおかしい理屈ではないのです。歴史的原価にように、偶然に製品単位当たりの原価が上下に変動することは、同じ製品を毎会計期、同じ量を生産販売しても、その年によってその製品から得られる利益が異なり、期間損益がまちまちとなります。それは、財務諸表(P/L)の期間比較が歪む弊害が強く意識されることになりました。それゆえ、原価計算基準制定時に、「予定価格」を使っても実際原価である、という定義づけがなされたのです。
■ (おまけ)予定価格が積極的に認められている証拠と予定価格「等」の意味
この項目以外にも、予定価格が積極的に認められている項目があります。
三三 間接費の配賦
(二) 間接費は、原則として予定配賦率をもって各指図書に配賦する。
ここでは、間接費の予定配賦が原則とされています。そして、予定配賦と実際配賦の差額については、取得原価主義という建前も堅持するために、基準四四で、「財務会計上適正に処理して製品原価および損益を確定する」ことを要請しています。この適正に処理することが、原価差額を売上原価と期末棚卸資産に配賦することなのか、全額をもって売上原価に賦課することなのか、それはその時の説明に譲ります。(^^)
最後の最後に、「予定原価等」の「等」を、基準四五から、抜き出して例示列挙させて頂きます。
① 材料副費計算における予定配賦率
② 材料受入額計算における予定価格
③ 材料消費額計算における予定価格
④ 労務費計算における予定賃率
⑤ 製造間接費配賦における予定配賦率(基準三三参照)
⑥ 部門加工費の製品配賦における予定配賦率
⑦ 補助部門費配賦における予定配賦率
⑧ 工程製品の工程間振替における予定原価または正常原価
⇒「原価計算 超入門(2)実際原価と標準原価」
⇒「原価計算基準(1)原価計算の一般基準の体系を整理 - ざっと原価計算基準の世界観を概括してみる!」⇒「原価計算基準(6)原価計算制度 - 特殊原価調査とはどう違うのか、内部管理用原価でも制度である理由とは?」
⇒「原価計算基準(7)原価の本質① ものづくり経済を前提とした原価の本質的要件は4つ」
⇒「原価計算基準(8)原価の本質② 建設利息の扱いについてIFRSとの違いをチクリと指摘する」
⇒「原価計算基準(9)原価の本質③ 正常なものと異常なものの扱いについてIFRSとの違いをチクリと指摘する」
⇒「原価計算の歴史 - 経営課題の変遷と原価計算技法・目的の対応について」
⇒「原価計算基準」(全文参照できます)
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