■ 実際原価とか標準原価とかを語る前に、製品原価の成り立ちを復習しよう
原価計算基準にて様々な原価概念を3つの対立軸でまとめたのが、今回からご紹介する「基準四 原価の諸概念」です。基準四では、
① 製品原価に使う消費量と価格の算定基準
実際原価 と 標準原価
② 財務諸表上の収益との対応関係
製品原価 と 期間原価
③ 集計される原価の範囲の違い
全部原価 と 部分原価
の3軸、6種類の原価概念を順に説明しています。さあ、今回から標準原価を取り上げます。
では詳細な説明に入る前に、「基準一」から「基準六」までの全体像はこちら。
前回は実際原価で、今回は標準原価の説明の回になるのですが、まず基本に立ち返って、製品原価の表現方法から復習します。最初歩の製品原価は下記の等式で表現するのが一般的でした。
製品原価 = 単価 × 数量
= @8円 × 5個
= 40円
さらに、製品単価の「@8円」の方を細分化していきます。説明をシンプルにするために、製品原価は材料費のみから構成されると仮定します。この製品1個作るのに、ねじが4本必要で、ねじ1本当たりの購入単価が「@2円」だとします。この場合、製品原価は、
製品原価 = ねじの購入単価 × 製品1個当たりのねじ消費量 × 製品の生産数量
= (@2円/本 × 4本)× 5個
= @8円/個 × 5個
= 40円
という風に表現することができます。
この時、製品を1個生産するのに、ねじという材料費単価を製品1個当たりの単価を意味するように「@8円/個」と表現したとき、この「@8円/個」が製品1個当たりの単価、製品原価単価ということになります。
前回説明した「実際原価」の定義において、
製品原価 = 実際価格または予定価格 × 実際消費量
という算式で説明したのですが、より厳密に説明するならば、
実際原価 = (実際価格または予定価格 × 実際消費量)× 実際生産量
となるのです。これまで、単価、原価単価と呼んでいたのは、あくまで製品単位当たりの単価なのでした。それに対して、「実際原価」とか「標準原価」とかと区別する際、大切なキー概念となるのが、「製品単位当たりの単価」なのです。実際原価と標準原価の定義式を並べてみます。
実際原価(その1) = (実際価格 × 実際消費量) × 実際生産量
実際原価(その2) = (予定価格 × 実際消費量) × 実際生産量
標準原価 = (標準価格 × 標準消費量) × 実際生産量
つまり、実際原価と標準原価を分ける最大のポイントは、製品単価を決める際の原価要素の消費量が「実際」か「標準」の値なのか。これが大分水嶺となり、「実際原価」と「標準原価」を分ける決め手となります。実際原価の方は、価格に関して、実際価格と予定価格の2種類が許容されているのですが、標準原価の方は、標準価格しか認められていない、ということですので、価格と消費量の組み合わせは3つですが、原価の区分は2種類ということになります。
実は標準原価の規定において、原価計算基準では予定原価も含めて説明されているので、実際原価と標準原価は、「価格」ではなく「消費量」の違いであることが分かりました。
■ 標準原価とは、何が標準だったら、その名の通り標準原価となるのか?
すでに前章で明らかにしましたが、「消費量」が「標準」だったら「標準原価」であることが分かりました。それで、次の疑問は「標準」とは何か、ということになります。
第一章 原価計算の目的と原価計算の一般的基準
四 原価の諸概念
原価計算制度においては、原価の本質的規定にしたがい、さらに各種の目的に規定されて、具体的には次のような諸種の原価概念が生ずる。
(一) 実際原価と標準原価
原価は、その消費量および価格の算定基準を異にするにしたがって、実際原価と標準原価とに区別される。
2 標準原価とは、財貨の消費量を科学的、統計的調査に基づいて能率の尺度となるように予定し、かつ、予定価格又は正常価格をもって計算した原価をいう。この場合、能率の尺度としての標準とは、その標準が適用される期間において達成されるべき原価の目標を意味する。
標準とは、「予想されるもの」でも「理想とされるもの」でもなく、「原価目標として、達成が期待されるもの」という位置づけの「価格」と「消費量」に関する情報定義となります。そしてその情報を入手するための手段として、「科学的調査」「統計的調査」に基づいた設定を行います。予定原価であっても、短期的な観測に基づいて設定するので、これも「科学的」または「統計的」とみなせば、名称が「予定」だろうが、「標準」原価として、会計実務ではゆる~くひとまとめにしても、そんなに支障はないというのが、筆者の経験則ではありますが。
そうして求められた「標準」が「実際」と比較分析されることで、目標とする「標準」原価を達成するために、価格の方が足りてないのか、消費量の方が未達なのか、その達成の程度を分析することによって、業績改善につながる。そういう道具性の発揮という観点から、「標準」には、「能率の尺度」であることが期待されます。目標達成の程度を「能率」と呼ぶわけです。
それゆえ、「標準原価」は、ある意味、目標とする原価、いわゆる「目標原価」というポジションも得ることになるので、生産活動前に示される(計算される)「事前原価」となります。それと同時に、迅速な財務諸表作成や原価能率の測定のための原価管理目的で、生産活動の後でも算出される「事後原価」でもあります。ちなみに、「実際原価」の方は、生産活動の後にしか求められない「歴史的原価」という位置づけでもあるので、必ず「事後原価」となります。
■ 真打は最後に登場。「標準原価」と「原価標準」の違いとは?
もう一度、原価計算基準が定義する「標準原価」を計算式で定義したものを再掲します。
標準原価 = (標準価格 × 標準消費量) × 実際生産量
= 製品単位当たり標準原価 × 実際生産量
上式の左辺の「標準原価」と右辺の一部にある「製品単位当たり標準原価」は、共に「標準原価」という言葉が用いられています。これが、原価管理の現場で混乱を引き起こす元の大きな原因の一つとなっています。
下記チャートをご覧ください。
直接材料費価格の標準価格は、100円/kg です。
直接労務費の標準価格は、200円/時 です。
製造間接費の標準価格は、150円/時 です。
製品1単位を生産するのに要する直接材料費の標準消費量は、5kg です。
製品1単位を生産するのに要する直接労務費の標準消費量は、4時間です。
製品1単位を生産するのに要する製造間接費の標準消費量は、4時間です。
それぞれの原価要素の標準価格と標準消費量を積算すれば、製品1単位当たりの標準原価が求まります。この「製品1単位当たりの標準原価(@1900円/個)」のことを、厳密には、「原価標準」と呼び、「原価標準」に実際生産量を積算した製品原価としての「標準原価」と言い分けることがあります。
そして、この混乱のもとにあるのが、原価計算基準です。この基準四(一)2の部分においては、俗に呼ぶ「原価標準」のことを「標準原価」と言い切っているのです。(^^;)
我々、コンサルタントとして、業績管理や原価管理に携わる者として、クライアントやITベンダーと会話するときに気を付けることは、
①「予定原価」と「標準原価」の意味合いとしての混同
②「原価標準」と「標準原価」の用語としての混同
の2つです。
前者は、「予定価格」と「標準価格」の求め方の違いに起因するので、どうやってその価格情報を手に入れたかを確認すれば、呼び名の違いとして、脳内変換しておけば大事に至ることは極めて稀です。むしろ、用語使いにこだわる現場担当者がいらっしゃれば、混同が無いので話が早くて助かるのです。
後者は、計算結果として製品原価として求めた「標準原価」なのか、製品1単位当たりの「原価標準」のことを指して呼んでいるのか、話されている文脈でどっちかを判定する必要があり、スムーズなコミュニケーションのための苦労が絶えません。ただし、各種要件定義書や設計書として、ドキュメント化する場合には、むしろ「標準原価」と「原価標準」はきちんと使い分けて記載しておく必要があります。
ここ、試験には出ないかもしれませんが、実務ではポイントですよ。
⇒「原価計算 超入門(2)実際原価と標準原価」
⇒「原価計算基準(1)原価計算の一般基準の体系を整理 - ざっと原価計算基準の世界観を概括してみる!」
⇒「原価計算基準(6)原価計算制度 - 特殊原価調査とはどう違うのか、内部管理用原価でも制度である理由とは?」
⇒「原価計算基準(7)原価の本質① ものづくり経済を前提とした原価の本質的要件は4つ」
⇒「原価計算基準(8)原価の本質② 建設利息の扱いについてIFRSとの違いをチクリと指摘する」
⇒「原価計算基準(9)原価の本質③ 正常なものと異常なものの扱いについてIFRSとの違いをチクリと指摘する」
⇒「原価計算基準(10)原価の諸概念 実際原価とは」
⇒「原価計算の歴史 - 経営課題の変遷と原価計算技法・目的の対応について」
⇒「原価計算基準」(全文参照できます)
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