■ 他人の文章を批判するなら、自分の意見を表明しなさい!
前編で、日立製作所がコンサルティング型営業を強化して、GEやシーメンスに対抗する、目指す姿はアクセンチュアやIBMである、という戦略に基づき、顧客志向(市場志向)の組織変更も行った、という新聞記事をかいつまんで解説しました。
⇒「日立、営業2万人増員 コンサル重視へ転換 AIなど駆使、課題解決(前編)-サービス&プラットフォームBUのポジショングの説明が無い!?」
(参考)
⇒「日立21年ぶり組織改編 顧客対応型、GEに対抗 -製造業のビジネスモデルにおける典型的な問題を考えてみた」
⇒「みずほ、顧客別に組織 銀行・信託・証券、一体でサービス/「ワンみずほ」総仕上げ カンパニー制導入(後編)」
筆者も、職業としてコンサルタントを名乗ってビジネスをやらせて頂いておりますので、今回は、日立が本当にやりたいことはこういうことですよね、という誠に自己勝手で恐縮ですが、私流の解釈を披露したいと思います。その際のキーワードは次の2つです。
(1)製造業が提供する顧客価値
(2)営業とサービスの時間軸
本編は、できるだけ、上記の参考となる過去投稿を先にお読みいただきたいです。
下記の対比を自分なりに丁寧に説明していますので。
● プロダクト・アウト ⇔ マーケット・イン
● プロダクト・セールス ⇔ ソリューション・セールス
● プロダクト・セールス ⇔ アカウント・セールス
■ 「顧客価値」の前に、よく聞く「付加価値」をまず理解しよう!
製造業は、「製品」という有体物を生み出し、顧客に販売することで「利」を設ける(儲ける)ことを生業としています。国の経済的大きさや国民の生活水準を推し量るのに、「GDP:Gross Domestic Product(国内総生産)」という指標を用いることがあります。これを製造業を含む企業活動全般に当てはめれば、
企業版GDP = 企業が生み出した付加価値 = 売上高 - 外部購入コスト
という我流で申し訳ないのですが、簡単な数式で表すことができます。製造業においては、この外部購入コストに、「材料費の購入高」を用いることでより具体的なイメージを想起できるのではないかと思います。外から仕入れて、外に販売した金額の差分は、その取引から企業が新たに生み出した「経済的価値 = 付加価値」とまず認識します。その付加価値を財務諸表を使って定義する方法には諸説あるのですが、ここではGDPの三面等価の原則による「分配面」に着目した分類構成で考えてみます。
上図にある通り、外-外の取引で得られた「付加価値」は、誰に(何に)分配するかの視点で構成内容を分類できます。
株主に配分: 当期純利益(この中から現金配当、内部留保の金額が決まる)
公共団体に配分: 法人税(公的サービスの対価として)
金融機関に配分: 支払利息(間接金融で調達した資金コスト負担分として)
利用した物的資産に配分: 減価償却費(物的資産の利用料として)
利用した人的資産(人財)に配分: 人件費(あなたを雇うための報酬として)
「配分する」、ということは、その付加価値を生み出すために利用したものの「貢献度を示す」ということになります。こうした企業が生み出す付加価値は、経営活動の内容で構成内容を事後的に分析することができます。しかし、付加価値額自体をどれくらい大きくできるかは、「売上高」をどれだけ大きくするかに依存します。そして、その「売上高」の多寡を決めるのが「顧客価値」なのです。
※ 筆者はガリガリの管理会計屋ですが、上記のように、「付加価値分析」は、企業の計画活動には使えない手法である、あくまで事後的な分配のされ方(=活用リソースの利用度・貢献度)を調べるためのものと、割り切った使い方を推奨しています。
■ 製造業が提供できる顧客価値とは何か?
売上高をできるだけ大きくするには、顧客が気持ちよく支払いたくなるだけの価値を持つ製品を提供することです。その価値の大きさを「顧客価値」という概念で、企業はできるだけ定量的に把握しようとします。どういう定量的な把握をするかで、前章のチャートにあるように、世の中には、代表的な手法として、大別して3つの方法があります。
● 顧客価値1: 製品購入から顧客が得られる便益(効用)そのもの
● 顧客価値2: 製品の購入代金と製品の使用から得られる便益の差額
● 顧客価値3: 顧客がその製品を買ってもいいと思う値段
いずれにせよ、上記の3つとも、製品販売が行われる前に、会計的に(もしくは定量的に)把握することは難しいものです。それゆえ、製造業のマーケティング部門や、商品企画部門の担当者は、消費者アンケートや、過去取引データからの統計的手法による類推で、「顧客価値」を定量的に評価しようと躍起になります。ここではその手法ひとつひとつは取り上げることはしませんが、その価値の源泉がどこにあるのか、商品企画、セールス戦略を記述的に、意味的に理解しようとする考え方を本稿で説明します。それが、日立のコンサルティング営業戦略の成功可否の判断材料の一つになるのではと考えています。
■ 「顧客価値」の構成要素の説明と日立が高めたい価値とは?
下記のチャートは、定量評価できるかどうかでなくて、定性的に「顧客価値」の構成要素が何かを示したものになります。
製造業が提供する製品がそもそも保有している「機能」に顧客が惚れ込んで、これはいい、と言ってくれる価値を「機能付加価値」といいます。一方で、その製品を所有・使用している状態が、購入者に幸福感をもたらしてくれるものを、「意味的価値」といいます。それは、チャートの縦軸で表されています。
一方、製造業が提供する製品を購入した時点で、顧客の購入理由(問題の解決であったり、所有意欲など)を満たすものと、長い時間をかけて、購入製品を使用している中で認知する価値が高まっていくものを、「使用付加価値」の大小で表現しているのが横軸です。
日立が、サービス&プラットフォームBUのテクノロジーを活用して高めたい顧客価値は、この「使用付加価値」だと解釈しています。産業機器や制御機器を納品後、通信機能および、通信機能を通じて接続されるビッグデータや、AIによるデータ解析サービス(今はやりのクラウドとかね)を享受することにより、機器の稼働率を上げたり、使用状況を最適化したり、予防保全を高めて、保守パーツ・消耗品を故障・途切れ前に交換・補充を効率的に行ったりすることを狙いとしているといえます。間違っても、「意味的価値」を高めることを主眼にはしていないものと思われます。でも、最新のAIによる制御を可能にする機器を使っていること自体が、最先端の製造モデルを採用しているシンボルになって、、、という効果はあくまで副次的なものとお考えください。(^^)
■ AIとかIoTを持ち出すと自動的に「使用価値」が高まるんでしたっけ?
「AI」「IoT」という魔法の呪文だけで、「使用価値」は自然には高まりません。ハードウェアに、通信機能を付加したり、ソフトウェアによる制御や最適化アルゴリズム、ビッグデータやクラウドサービスに接続していれば、他の機器との情報交換やクラウド上のサービスも活用することができます。それは、売り切り、買い切りのハード売りビジネスモデルではなく、ソフトウェア、システム、サービスといった従来よくあるカタカナ表現される、より包括的かつ継続的な便益を享受できるソリューションを提供するビジネスモデルの性格を強くするものでしょう。
当然、ハードウェア・メーカーとしては、ハードの上にそうした付加機能を積み上げて、顧客価値も積上げていくスタイルへの指向性が強いものと思われます。そうした機能の積み上がりを「テクノロジースタック」と一部では呼ばれています。
「付加機能」が積まれれば、それに対応して実現される「付加価値」が高められていく関係をチャートで表現してみました。
テクノロジースタックに関しては、
⇒「「接続機能を持つスマート製品」が変えるIoT時代の競争戦略 マイケル・ポーター(1) HBR 2015年4月号より」
⇒「「接続機能を持つスマート製品」が変えるIoT時代の競争戦略 マイケル・ポーター(2) HBR 2015年4月号より」
⇒「「接続機能を持つスマート製品」が変えるIoT時代の競争戦略 マイケル・ポーター(3) HBR 2015年4月号より」
⇒「「接続機能を持つスマート製品」が変えるIoT時代の競争戦略 マイケル・ポーター(4) HBR 2015年4月号より」
⇒「「接続機能を持つスマート製品」が変えるIoT時代の競争戦略 マイケル・ポーター(5) HBR 2015年4月号より」
⇒「「接続機能を持つスマート製品」が変えるIoT時代の競争戦略 マイケル・ポーター(6) HBR 2015年4月号より」
■ 本当に自社ハードウェアを持ったままコンサルティング営業ができるのか?
前章まで、筆者が挙げた2つの論点、
(1)製造業が提供する顧客価値
(2)営業とサービスの時間軸
の(1)について説明してきました。この章では、次の(2)について言及します。
「コンサルティング営業」の前に、よりハードウェア・メーカーに立ち位置が近いと思われる「ソリューション営業」から説明していきます。
上図は、日立のサービス&プラットフォームBUが提供を想定している「テクノロジースタック」を有する商材を例にしたビジネスライフサイクルを表現しています。
自社のハードウェアを所持している製造業における営業は、通常、自社製品を売り込む、プッシュ型営業スタイル、プロダクト・アウト型営業になっていると考えるのが自然です。顧客(候補)が課題を認知して、購入先・購入対象品を決定するまでのプロセスにおいて、メーカー営業は、首尾一貫して、自社製品を売り込もうとし、顧客(候補)の課題を如何に自社製品が解決できるのか、の説明に徹します。
そのスタイルを180°転換して、自社製品の売り込みではなく、顧客課題の解決の視点から、購入候補品を品定めするスタイルを、「ソリューション営業」と呼びます。自社製品へのこだわりを持たずに、100%、顧客(候補)の側に寄り添って、購入意思決定支援ができる立場の担当者しか、この営業スタイルを実現することはできません。それゆえ、ハードウェアに限らず、ソフトウェア会社やクラウドサービス会社であっても、自社製品を持つ会社の営業は、極論すれば、漏れなく「ソリューション営業」は無理だと言えます。
そして、その「ソリューション営業」の延長線に「コンサルティング営業」が存在します。
■ 「ソリューション営業」から「コンサルティング営業」へ
話をシンプルに理解するために極論を続けます。
「ソリューション営業」は、製品購入前に、顧客(候補)の抱える課題解決だけにフォーカスして、自社製品を持たないフリーハンドで製品選定をできる立場と目利きスキルを有する営業担当者だけが可能な営業スタイルです。課題解決性を評価する際に、時間軸を製品購入後の使用期間も含めることがあれば、なお良しです。しかし、残念ながら、それは想定効果を購入前にアドバイスするに留まります。
一方、さらに一歩踏み込んで、「コンサルティング営業」は、製品購入後、使用を開始してからのファインチューニングまで仰せつかります。購入前に、使用開始以後の想定効果と効果算定基準、その基準に照らしたリアクション(できるだけ複数のアクションプラン)まで顧客に提供しておきます。そして、継続的に、使用開始以後も、想定結果を実績に置き換え、最適な製品使用環境の維持に貢献し続けます。
今度は、別の視点から、「コンサルティング営業」がビジネスとして採算に乗る前提条件を考えます。
1)販売製品が、継続的な使用価値を提供できる商材か?
まさに、製品売り切りではなく、製品使用中にも、テクノロジースタックにより、継続的な使用価値を提供できる製品がコンサルティング営業における商材である必要性があります。サービス&プラットフォームBUが提供を想定する製品は、この条件を満たすでしょう。
2)コンサルティング営業中の収入源は何か?
「コンサルティング営業」という所作自体が代価を生むのではなく、「コンサルティング営業」で商談が成立した製品の販売代金で、営業パーソンの人件費を賄おうというのは、ビジネスモデルにおけるリスクが極めて高いといえます。「コンサルティング営業」という看板を掲げておきながら、何かを購入してもらった代金(販売全額か、コミッションフィーなのかはここでは問題ではありません)を収入源にしている以上、買ってもらうことが最終ミッション、「コンサルティング営業」の達成目標になってしまうと、一番最初の議論の「プロダクト・アウト」⇔「マーケット・イン」が抱える問題点にまで立ち返ってしまうのです。
耳に心地よい「コンサルティング営業」。顧客に寄り添うスタイルは、「アカウント営業」。顧客の問題を解決する手段の選択を促すのは「ソリューション営業」。これらは似て非なるコンセプト。コンサルティング営業は、その所作自体に経済的価値、要は、その行為自体に代金を払ってもらえるようにならないと、成立しないビジネスモデルであること。
なんでも横文字で言えば気持ちよくなる時代は終わっています。(^^;)
(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。
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