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(経済教室)海外M&Aの統治を問う(下)補完関係築き価値創造を 規模の追求 効果は限定的 松本茂・同志社大学准教授

経営管理会計トピック 会計で経営を読む
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■ そもそも海外M&Aを実施する目的・狙いが事前に明確化されているか?

経営管理会計トピック

海外M&Aをする際、必ず買収側企業には、そのM&Aがもたらす効果について明確な判断やM&Aを実施する目的があるはずです。買収額が多額に上り、買収効果が長期にならないと発現しないと思われる事案については、そうした構えの重要性がより一層高まります。

2017/6/7付 |日本経済新聞|朝刊 (経済教室)海外M&Aの統治を問う(下)補完関係築き価値創造を 規模の追求 効果は限定的 松本茂・同志社大学准教授

「買収は、買い手が対象会社の単体の価値(スタンドアローン価値)に、プレミアムを上乗せした価格をオファーすることで本格的な交渉が始まる。売り手(対象会社)の株主はプレミアムの金額に満足しなければ売却に応じず、買収は成立しない。買い手にとってプレミアムは経営支配権の対価で、自ら買収後に創造する価値の一部前払いでもある。そして既存の株主に取って代われば相乗効果を実現すると確信し、正当化するものだ(図参照)。」

(下記は同記事添付の「買収時のプレミアムと相乗効果の関係」を引用)

20170607_買収時のプレミアムと相乗効果の関係_日本経済新聞朝刊

(下記は、同記事添付の松本茂准教授の写真を引用)

20170607_松本茂・同志社大学准教授_日本経済新聞朝刊
まつもと・しげる 65年生まれ。神戸大博士。投資銀行勤務を経て現職。専門はM&A

<ポイント>
○日本企業の買収目的、約7割は市場拡大
○東芝や日本郵政、相乗効果を生めず損失
○買収の評価、10年単位の長期的な視点も

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

松本准教授によりますと、日本企業による海外M&Aに絡む最近の巨額損失計上(日本郵政、東芝、キリンホールディングスなど)を含む日本企業の海外M&A下手の原因は、高値掴みや甘い資産査定(財務デューディリジェンス)といった買収時のテクニックばかりが相次ぐ撤退や失敗の原因ではなく、買収後の「相乗効果(シナジー)」発現に対する見込みの甘さに原因があると指摘されています。

つまり、何を目的に、どうした効果が狙って、大型海外M&Aを仕掛けるのか? そもそもの部分が大丈夫かという論評になっています。

■ 海外M&Aを目的別に分類してみる

松本准教授が1985年から2001年の間、日本企業が行った100億円以上の大型海外M&A(116件)について戦略の方向性を調査した結果は次の通り。

● 水平統合型(7割近く)
・世界シェアの拡大
・生産・販売拠点網の構築

● 多角化型(2割)
・新事業への参入

● 垂直統合型(1割)
・自社の川上・川下に進出

このうち、水平統合型を、既存領域の量的拡大である「重複型」と、既存市場内に存在するホワイトスペースを埋める「補完型」に分けた場合、M&Aの目的は4類型に区分されることになります。それを筆者が松本准教授の説を含めて再整理したのが下図になります。

経営管理会計トピック_M&Aの類型と効果発現スタイルの違い

「多角化型」は、経営者の管理下にある事業ポートフォリオの拡充が狙いで、投資家・株主が自身の手で行う投資ポートフォリオと、どちらが有効か、ファンドマージャーとしての企業経営者の腕次第です。ソフトバンクの孫正義氏の腕を見込んで10兆円ファンドを孫氏に託すのか、投資家自身が事業の目利きをするか、それは最終的には投資家・株主の判断となります。

(参考)
⇒「事業ポートフォリオ管理(1) - 経営者が管理したがる理由
⇒「事業ポートフォリオ管理(2) - 分散投資に勝つ方法
⇒「事業ポートフォリオ管理(3) - ポートフォリオ組み換え方法

「垂直統合型」は、これまで市場取引がなされていたものを内部組織化することになります。取引コストの大きさと内部組織化することによる市場裁定機能が働かないデメリットを比較衡量し、前者のコストが割高だと考えられた場合に、垂直統合がなされます。

取引コストには、大別して次の3つがあると言われています。
「探索コスト」は意思決定に生じるコストである。求めている財が市場で手に入るかであるとか、誰が最も安く売ってくれるかという情報を収集するコスト
「交渉コスト」は、他の人々との取引で双方が受け入れ可能な同意に達するのに必要なコストだ。適切な契約を締結するのに必要なコスト
「監督と強制のコスト」 は他の人々に契約の条項を確実に遵守させるためのコスト。もし契約が守られなかった場合に(たいてい法的システムを通じて)採られる適切な行動に必要なコスト

情報の非対称性が引き起こすイライラを解決するために、一気呵成に資本力で問題解決する。そういう粘り強くない経営者の気質が垂直統合に対する筆者の個人的感想になります。

「水平統合型」は、章を改めて、松本准教授の本稿における論説を中心に概説していきたいと思います。

■ 水平統合型がもたらすと信じられているシナジー効果はどうやって発現するのか?

● 重複事業
「同じ製品・サービスを提供する事業を一体化し、規模を拡大することで市場での影響力を高めるのが狙いだ。日本郵船、商船三井、川崎汽船の海運大手3社がコンテナ船事業を統合するのはその典型で、3社は合理化などで年間1100億円の相乗効果を見込む。「規模の経済性」を生かし、重複が多いほど固定費の削減余地も大きい。」

ただし、海外M&Aにおいては、この重複型のメリットが即効性を持って享受できない場合が多々あります。

① 新たな生産拠点や販売網の獲得が目的の場合、拠点統合による共通固定費削減効果は見込めない
② 日本の本社が現地業務を代行するのは非現実的なため、海外拠点における間接部門の人員削減は進まない
③ 各国市場が求める仕様や品質が異なるため、素材や部品の統一や集中購買によるコスト削減効果は見込めない

それゆえ、「重複事業」の買収は、世界シェア拡大には寄与しても、共通固定費の削減効果はあまり期待できないことになります。IRなどで、このM&Aで固定費削減●●億円、と謳う趣旨説明資料は疑ってかかる必要があります。

● 補完事業
「それでは相乗効果をどのように創出するのか。海外M&Aでは重複でなく「補完」が、規模の経済性でなく「範囲の経済性」がカギとなる。補完とは類似性が小さいことではなく、独立した事業を結合して価値を生み出すことだ。範囲の経済性は、事業領域を広げて経営資源を有効活用することを指す。」

この補完型がうまくいった事例として松本准教授は2社の事例を紹介。

● 堀場製作所(製品・サービス領域の補完)
05年に独カール・シェンクから自動車の性能試験装置事業を買収。買収で得た燃費や耐久性の評価装置などと自社の排ガス計測機器を組み合わせ、自動車メーカーに開発の早い段階から包括的なシステムとして提案することで売上拡大。

●ニチリン(機能・バリューチェーンの補完)
13年、仏ハッチンソンのブレーキホース事業に出資。同社は欧米の自動車メーカーが主な顧客で、ニチリンは国内取引が中心。買収した欧州の拠点(開発・生産拠点なし)と、自社のアジア・米国の工場を組み合わせたグローバル供給を提案して米ゼネラル・モーターズから大型受注を獲得。

■ 「シナジー効果」発現のために必要なこと

松本准教授は「相乗効果」と表現されていますが、一般には「シナジー効果」とも呼ばれています。こうした水平統合の果実を得るためには、何がカギになるのでしょうか?

1)重複型はリストラクチャリング(事業の再構築)で短期に自力で固定費を削減できる
2)補完型は買収による新たな製品やサービスの組み合わせを顧客が評価するまで相乗効果は実現しない
3)重複型の相乗効果は買収後、寡占に近づかないと長期の成長を支える効果はない
4)補完型は顧客がいったん価値を認めれば持続的な成長をもたらす

「多額の損失を計上した最近の海外M&Aを改めて吟味すると、どれも水平統合型でありながら、相乗効果の源泉となる「重複」は見当たらない。日本郵政は国内の郵便や宅配便事業が中心で、買収相手の豪物流大手のトール・ホールディングスは現地の売上高が7割で、鉱山関連企業向けの物流サービスが主力だ。東芝の沸騰水型原子炉と、買収した米ウエスチングハウス(WH)の加圧水型は技術や構造が大きく異なる。キリンによるブラジルのビール大手の買収も、キリンにとって同国は未開拓の地だった。」

松本准教授の見立てでは、大型海外M&Aの失敗原因は、「重複型」がもたらす短期的かつ確実な固定費削減効果が薄かったという点に集約されます。これは守りの水平統合。シナジーには、持っている技術や従業員の知見・経験を持ち寄り、互いの市場でクロスセルを実施して、拡販につなげることを目的とするので、攻めの水平統合になります。

「カギとなるべき「補完」はどうか。補完による相乗効果は、買収対象の事業を自社の経営資源に結び付けることから始まる。日本郵政の取り組みは途上として、キリンの場合はそもそもブラジルが注力地域の圏外で、現地で買収対象を再建する経営資源もなかった。東芝のWH買収は当初から原子炉の品ぞろえを増やすことが目的だった。買収後も名称変更もせず別会社として管理し、異なるタイプの原子炉を組み合わせて購入する顧客もいないことから、補完や結合は限定的だった。
いずれの買収でも統廃合できる重複は存在せず、補完による新たな価値の創造もできないまま対象会社の業績が落ち込み、日本郵政は17年3月期に約4千億円の減損損失を計上し、東芝のWHは米連邦破産法11条(日本の民事再生法に相当)の適用を申請した。そしてキリンは買収から約6年でブラジルからの撤退を決めた。」

日本郵政のトール買収とキリンの元スキンカリオール買収は、いずれも現地市場で上位シェアを占める企業の買収でした。そのまま売上利益が親会社の連結決算に足し算されれば、放っておいても、現状維持かプラスになったはずです。どうして、買収しただけで、そうした補完型の水平統合がうまくいかないのか、説得力のある説明は他にないものでしょうか?

「最後に海外M&Aには長期的な評価が欠かせないことを強調しておきたい。例えば1988年のブリヂストンによる米ファイアストンの買収や、91年のイトーヨーカ堂(現セブン&アイ・ホールディングス)による米サウスランド(現米セブン―イレブン)の買収は、いずれも直後に業績が悪化し、再建に多額の資金をつぎ込むさまが酷評された。だが30年近くを経た現在、ともに海外事業の柱となっている。日本郵政のトール買収はまだ2年で、減損だけを見て失敗の烙印(らくいん)を押さず、再建に向けた経営陣の采配にも注目したい。」

例え、関連事業における水平統合でも、既存事業や自社経営資源とのリンクが無ければ、その実態は「非関連多角化」と同様のものとなります。それは、最初から「水平統合」がもたらすシナジー効果を当てにしない統合戦略となってしまいます。

ブリヂストンやセブン&アイHDの成功は、徹底的に、カネとヒトと時間という経営資源をつぎ込み、シナジー効果を力づくでもぎ取った結果がもたらした成功とも言えます。しかし、筆者が強調したいのは、単に日本本社が経営関与すればよいという単純なものではないという点です。

● グローカル企業
全世界を同時に巻き込んでいく流れである「世界普遍化」(globalization)と、地域の特色や特性を考慮していく流れである「地域限定化」(localization)の2つの組み合わせの妙で「地球規模で考えながら、自分の地域で活動する」(Think globally, act locally.)を実践する経営を進める企業。

つまり、海外M&Aを成功させるためには、その事案を進める前に、自社経営が「グローカル思考」で行われるように準備しておくことが大事ということです。市場の多様化、働く人の文化・風習・価値観の多様化を許容・尊重する、そうした素地が無いと、グローバル企業の成功は無い、そう断言できると思います。

(参考)
⇒「(経済教室)海外M&Aの統治を問う(上)分権と集権の最適化カギ 買収判断 独立役員の目を 宮島英昭・早稲田大学教授
⇒「企業成長手段の賢い選択とは アンハイザー・ブッシュ・インベフとカルソニックカンセイの例から(1)M&Aによる事業ポートフォリオ組成の成功の秘訣 (GLOBAL EYE)個性派企業の買収相次ぐ 消費成熟「革新」取り込む
⇒「企業成長手段の賢い選択とは アンハイザー・ブッシュ・インベフとカルソニックカンセイの例からM&Aか内部成長かの二者択一問題について(2)ケイレツの外販促進と100%子会社 (ビジネスTODAY)日産、次世代車シフトで系列解体 カルソニック売却発表 トヨタと別の道
⇒「アスパラントによるさが美買収に見る日本のM&A、TOBの慣例を考える - レブロン基準、ユノカル基準の復習を兼ねて
⇒「日本電産「買収で減損ゼロ」 53件目は独社 適正価格、経営関与、シナジー 電子部品大手5社の「のれん経営度」を比較する
⇒「(そこが知りたい)戦略2016(7) 大型M&Aどう進める 日本電産会長兼社長 永守重信氏に聞く 電機再編で国内に照準
⇒「買収コスト 企業に重荷 競争過熱、08年度から7割拡大 - 日本郵政の減損記事に付属していたEBITDA倍率で企業価値を測ることの3つの罪とは?
⇒「日本郵政が豪物流子会社巡り最大4000億円規模の減損損失の計上へ - のれんの一括償却で膿を出し切り経営が上向くと考えるのは誤解です!

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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